少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都 バベルタワー殺人事件❶

バベルタワー殺人事件 

ーーーー 

 

1 

 

 

「弘君。これは何かなー」 

と小山昭は双子の弟弘の前のテーブルに書類をばらけさせた。 

「弘君が同じ認知症老人ホームであまりにも多く死亡診断書を書いているから、変だと思って、ハッキングしちゃったんだ」 

と兄の昭はヘラヘラ笑った。 

「どうしてビルの4階から投げ落とされたご老人が老衰で死ねるのかな。お湯の中に5分沈められたご老人が老衰なんて、水中クンバカか何かかな。従業員が老人の体の上でUSA踊って、老人が老衰で死ぬのかな」 

書類に記録されたメールのやり取りには「またよろしくお願いしまーすwww」「こんな感じで殺しちゃったんで偽装お願いしまーす」と書かれていた。 

「施設、20人くらい殺しちゃっているよね。ここまで関わっているとなると、もう犯人隠匿ってレベルではなくて大量殺人の共犯だよね」 

兄は双子の弟になれなれしく腕を回した。 

「お金。黙って欲しければ僕に融資してよ。僕、従業員に逃げられちゃってさ。困っているんだよ」 

弘は力なく頷いた。 

「はははは、弟は頼りになるなー」 

昭は弘の背中をバンバン叩いた。 

「じゃぁ明日、とりあえず5000万円振り込んでおいてよ。よろしくねー」 

そう言って昭は執務室を出て行った。 

(殺すしかない) 

弘は摩天楼が見える夜景のガラスを叩いた。 

 

 バベルタワー。それは宇都宮市に存在する高さ250メートルの複合タワー。JR宇都宮駅LRT宇都宮とペデスドリアンデッキで直結し、ショッピングモール、コンベンションセンター、ホテルなどが併設されている。 

「おおおおお」 

駅前のペデスドリアンデッキの上で島都は複合商業施設の格好いい巨大3Dの前で両手を振ってはしゃいでいた。 

「はいはい、そこは終わってから行く場所だからね」 

とポニーテールの薮原千尋が声を上げる。 

ブレックススタジアムっていうんだよね。私たちが行く場所は」 

LRTに乗車しながら都は聞いた。 

「そうそう。うちの高校のマネージャーのバイト先でコロナ出ちゃってさ。だから臨時で私たちが助けに行く事になったんだよ。都が来てくれて本当に助かったよ」 

千尋はニカっと笑った。 

「結城君もね」 

千尋は座席でだるそうに座っている結城を見つめた。 

「別にいいよ。暇だし。それにさっきのバベルタワーを交通費ゼロで見られるチャンスだしな」 

「2人で夜の夜景を堪能できたらいいよね」 

千尋 

「2人って誰だよ。何で1人減ってるんだよ」 

と結城が座席から突っ込む。 

「ああ、いなくなるのは私だよ。都と結城君。何ならそのままホテル棟に行ってもいいんだよ」 

「ふざけんな」 

と結城が真っ赤になって喚き、都はきょとんとする。 

「おやー」千尋はにやにや笑った。 

「ひょっとして勝馬君の方が良かったかなぁ」 

「こ…」結城はそこまで言ってから「お前のペースには乗らん」と腕を組んでそっぽを向いた。 

 LRTはペデスドリアンデッキで直結された停留所に停車する。エスカレーターを上ると目の前がスタジアムで、周辺にはマンションが多数林立している。 

 

「あれ」 

ブレックスアリーナの中で島都はきょとんとしていた。目の前には土俵がありムチムチのお相撲さんがどすこいしていた。 

ブレックスって言っていたからバスケ部だと思っていたんだけど」 

「ああ、相撲部のマネージャーだから、私たち」 

千尋はVした。 

「最高だね。男と男の肉と肉のぶつかり合いと喘ぎ声。ふっふっふっふ」 

と笑う千尋に、都も結城も呆然としていた。 

 

 高架ホームにE5系新幹線が入線し、グリーン車から1人の男が降り立った。サングラスをかけたスーツの男はバッグを持ってホームドアに降り立つと改札口を通った。その背後を1人の女刑事が尾行する。コートにサングラスの男は駅前に直結するバベルモールに入ると、その吹き抜けのエスカレーターを上がって行く、ショッピングモールの吹き抜けには巨大な立体映像でスマホの広告が流れていた。 

 男はシネマコンプレックスで恐竜が出てくる映画のチケットを買うと、そのままシネマコンプレックスのトイレに入った。長川がコナンの等身大ボードに隠れるようにトイレを見る。男子トイレに入った男は個室に入ると、個室の隣に向かってノックをした。するとサングラスに背広にマスクの男がバッグを片手に隣の個室を出る。その間に長川警部ら警察に尾行されていた男は個室の中で素早く私服に着替えて、野球帽を被る。トイレから出たサングラスの男はそのまま4番スクリーンに入り、映画を鑑賞し始めた。 

 

 野球帽の男はそのままゆっくりショッピングモールを歩き出した。そしてショッピングモールに直結したLRT停留所から黄色いバリアフリートラムに乗り込む。市街地にあるタワーマンションLRTの停留所を降りた野球帽の人物がタワーマンションの入口に入っていくのをコンビニの防犯カメラが捉えていた。 

 

 タワーマンション一室ではZoomの会議が行われていた。小山昭(35)企業経営者はイノベーションについて話をしていた。 

「これからの時代、恐らく6割の労働者は給料を日本円ではなく食料や職場のベッドという形で貰う事になる。今の若者は自分が人間としての人生を送れるという希望はないですからね。だから顧客は新興国の富裕層に絞った方がいい。自己肯定感の少ない日本の若者を無償で労働させて、新興国のセレブから高い報酬を得る。そのためにまだまだ日本ブランドは使えるんですよ」 

という小山の背後から突然何かが現れた。それは中将と呼ばれる能面だった。Zoomの参加者が驚いた顔を見て振り返った小山。その小山の腹にナイフが叩き込まれ、Zoom参加者の顔が恐怖に阿鼻叫喚する。前のめりに倒れ込んだ小山に向かってナイフが何度も振り下ろされるのが画面に映り込んだ。 

 映画が終わって長川警部はサングラスの男がシネコンを出るのを見た。サングラスの男はビジネスタワーに空中通路を使って移動し、そしてオフィス入口で手で指紋認証をパス、そのまま20階のオフィスに歩いていく。そして社長室でサングラスを取ったその人物はさっき殺された小山昭にそっくりな双子の弟、企業経営者小山弘(35)だった。 

 窓から見えるマンションや商業ビルが整備された駅前の市街地。その時内線電話が鳴った。 

「社長、栃木県警からお電話です」 

と女性秘書の声、小山弘は「繋いでくれ」と言うと受話器に顔を当てた。 

「な、なんですって」 

 

 殺人現場となったマンションには大勢の鑑識が現場検証を行っていた。パソコンの前は血の海でその血の海の中に仰向けになって目を見開いていたのは小山昭だった。 

「酷い死にざまだな」 

栃木県警の高沢警部はため息をついた。のっぽの30代の刑事である。 

「高沢警部。長川警部をお連れしました」 

部下の刑事が敬礼する。長川はため息混じりに小川の死体に手を合わせる。 

茨城県警さん。こいつの双子の弟をずっと尾行していたというのは本当かい」 

高沢が長川に聞く。 

「ああ、朝からずっとな」 

長川は警察手帳を見つめる。 

「奴は駅前のバベルタワーのマンションの自宅から朝に新幹線で東京都心に。大手町の高層ビルの貸し会議室で外国人と会っていた。その後新幹線で宇都宮に帰って、宇都宮のバベルタワーのショッピングモールのシネコンで恐竜が出る映画を見ていたな。そんでもって奴が経営している会社のあるビジネスタワーに移動してそこで事件が起こるまで仕事をしているのを確認している」 

長川が朗読するのを手で制する高沢。 

「面白いものを見せてやる」 

高沢はタブレットを動かした。 

「今の社会はハイテクでな。人間の行動なんて尾行しなくても把握できるんだよ」 

画面に映っていたのは野球帽の男だった。 

「この人物はZoom会議の犯行時間前後、このタワーマンションのセキュリティのカメラに出入りが確認されているんだよ。そしてこの人物はこのタワマンの下の711、そしてすぐ前のLRTの停留所やLRTの車内にも映り込んでいる。そして奴は宇都宮駅駅前のバベルモールのシネマコンプレックスのトイレにいたことがわかっているんだ」 

「何だと」 

「つまりこう考えられるだろう」 

と高沢は鼻を鳴らした。 

「このトイレで弟と共犯者が入れ替わった。そして弟は警察の尾行を振り切ってバベルモールからLRTでタワマンに行き、そこで兄を殺害した」 

「いや」 

長川は高沢の言葉を遮った。 

「今の推理には2点おかしなところがある」 

「何?」 

「まず奴はビジネスタワーのセキュリティを突破していた。しかも網膜と指紋認証だ。あのビジネス棟では認証システムと入館記録が同期していてな。その記録を見るに弟は犯行前後にビジネスタワーにいた事は間違いないんだ。二点目として仮に弟が犯人だとしてどうやって犯行を終えた後にビジネスビルに入る事が出来るんだ。セキュリティ記録もないのに」 

長川にびしっと指摘され、高沢はたじろいた。 

「そ、そうだ。そもそも何で水戸さんが弟君の尾行をしていたのかを聞かせて欲しいんだが」 

高沢に言われ、長川はため息をついた。 

「殺人予告だよ。弟の方を殺すという殺人予告が警察に送られてきたんだ」 

「だがそれは本庁の警部自らが尾行に参加するほどの事件なのか」 

と高沢。長川はため息をついた。 

「小山弘は医師なんだが、医療実績がないにも関わらずこんなビジネスタワーにクリニック名義で登記をしているんだ」 

長川はマンションの窓からマンションなどのビルの向こうに見える高層タワーを見つめた。 

「色々調べて分かったが、奴は企業やセレブの要請を受けて死亡診断書を作成する業務を行っていたらしい。しかもかなり法外な報酬でな」 

「つまり?」と高沢。長川は高沢を見た。 

「セレブや企業に関係する変死事件を全て病死や老衰として診断書に書く仕事をしていたようなんだ。これが本当の場合医師法違反や犯人隠匿など罪で二課が動くところなんだが、県警は私ら一課に捜査を命じたんだ」 

「それはどういう事なんだ」 

「殺人でパクるつもりなのさ。うちは」 

長川は言った。 

「奴が偽装診断書を出しまくっているせいで、ある老人施設が大量殺人をやらかしている可能性が出てきたんだ」 

長川は話を続ける。 

「その老人施設は低所得の認知症の老人を積極的に受け入れている施設でな。住都公団の団地の一角にある普通の施設なんだが、入居者の死亡者数が格段に高くなってな。その捜査をする過程で小山が浮上したんだ。施設で死亡事案が発生し、その時虚偽の死亡診断を書いた場合は医師法違反と犯人隠匿だが、奴と施設との間に偽装を前提とした継続的な関係が出来ていて、その中で人が死に続けているなら、殺人の共犯として逮捕するべきとうちは考えたんだ」 

「そんな中での殺人予告となれば、県警も過敏になるわけか」 

高沢は納得したように唸った。 

「だが兄がよりにもよって殺されちまった」 

長川警部は死体を見下ろしながらため息をついた。 

「となるとシネコンでの接触は偶然か」 

高沢は言うと長川は「そのあたりはあらゆる可能性を考えるべきだろうな」と言った。 

「それに殺人予告を出した人間と殺人犯が同一人物なのかも含めてな」 

 

2 

 

「そういう事だ」 

夜の栃木県庁前で長川警部はスマホで鈴木刑事に連絡した。 

「小山弘のチェックは別の班に任せる事になった。私らは栃木県警との連絡係として宇都宮で待機。交代が来たら宇都宮の駅で落ち合おう」 

長川は電話を切った。 

「すいません」 

小柄な少女が長川に声をかけた。 

「餃子通りってどこだかわかりますか?」 

「悪いね。私地元の人間では…あ」 

長川の目を見てぶったまげたのは女子高校生島都だった。 

「長川警部! 何でここに」 

「ひょっとしてタワマン会議中の殺人事件関連か」と結城。 

LRTの窓からパトカー見ましたよ」と千尋 

「あー」長川は髪の毛をぼりぼりしながら明後日の方向を見た。 

 

 繁華街の2階の餃子店で餃子を食いまくる都、千尋、結城。 

「まぁ、話した通りだ。小山弘には完璧なアリバイがあるんだが」 

そういう長川に都は餃子を頬張りながら「警部、その小山弘さんの今日尾行していて不思議な事ってあった?」と鼻からニンニク飛ばしながら聞く。 

「不思議な事ねぇ」 

長川は腕を組みながらふっと考え込む。 

「別に普通に偉い社長さんって感じだったよな。グリーン席に座って、それから東京駅についたらホームに背広姿の外国人が待っていて、そのまま大手町のビルの会議室に連れていかれ、終わったら東京駅の大丸デパートで食事をして、金を払っていたのも外国人だったな。そして新幹線のホームまでお見送りをしていた感じだった」 

「外国人と会議していたビルまでどれくらい歩いたの」 

と都。 

「結構歩いたぞ。自衛隊大規模接種会場の近くのビルだからな」 

「おかしいよね」 

都は考え込んだ。 

「だって東京駅の新幹線ホームまで迎えに来るくらい偉い人なら、何でいっぱい歩かせるんだろう。普通は黒塗りの高級車を用意するとか、せめてタクシーは使うと思うんだけど」 

「確かに、今日はかなり暑かったし、妙だな」 

長川は呻いた。 

 都はじっと考え込んだ。 

「犯人はやっぱり小山弘さんかも知れない」 

「どういう事だ」と長川警部。 

「やっぱりバベルモールのシネマコンプレックスで小山弘は入れ替わっているんだよ」 

「何だって? だが小山はビジネスタワーで指紋認証と網膜認証を通っていて、その認証は入館記録として残っているんだぞ」 

だが長川の話を都は聞いていなかった。 

「第二の殺人が起こるかもしれない。今小山弘はどこにいる?」 

都の剣幕に長川は目を見開いた。 

「私の部下から別の班の刑事が監視を引き継いでいるよ」 

長川はスマホを取り出した。 

「ああ、高沢警部。小山は今どこ。料亭? その裏を警備しているのか。してない!?」 

長川の声が甲高くなる。 

「わかった。うんうん。ここの近くだな。すぐ行く」 

長川は電話を切った。都は長川を見て「連れて行って」と言った。 

 

「警察だ」 

長川警部は料亭の女将に警察手帳を見せた。 

「大至急重要な用事だ。小山弘を呼んで欲しい」 

女将は顔をそむけた。 

「いないんだな」長川は舌打ちした。 

「どういう事だ」と高沢警部。 

「料亭はセレブがマスコミや警察を撒くのによく利用するんだ。裏口から変装をして脱出したんだな」 

「あいつはどこへ」 

と高沢は呆然とする。 

「次の殺人だよ」 

長川は料亭の入口にいた結城と千尋の所に戻った。 

「都は?」 

「あれ、あいつどこに」 

結城がきょろきょろ辺りを見回した時、長川のスマホが鳴った。 

-長川警部! 

 都の切羽詰まった声が聞こえた。 

-UMY銀行って言う看板があるビルの屋上に‼ 早く! 

 

 ビルの屋上に一人の男が待っていた。その人物は屋上に小山弘が来るのを確認すると 

「僕はやまびこ206号で東京駅に行きました。やまびこ206号で東京駅に行きました。お金下さい。お金でお母さんを喜ばせたいです」 

と何度もアナウンスするように言う。だが小山の手には鉄パイプが握られていて、それが男の頭に振り下ろされ、男は倒れた。 

「痛い、ごめんなさい。僕何か悪いですか。ごめんなさい」 

「いや、感謝しているよ」小山は笑った。 

「僕のアリバイの為に死んでくれるんだからな」 

そういうと頭を押さえて朦朧とする男を引きずって手すりに押し当て、突き落とそうとしていた。 

「そこまでだ!」 

屋上の扉が開いて、長川警部が息を切らして入ってきた。 

「小山弘。殺人未遂の現行犯で逮捕する」 

「うおおおおおお」小山はやけっぱちになって鉄パイプえ襲い掛かるが、長川はそれを体術で押さえつけ、腕をひねり上げて手錠をかけた。そしてその男を高沢警部に任せると、屋上の手すりの下で頭を押さえて「ごめんなさい、ごめんなさい」と声を震わせている男性に「大丈夫か」と声をかけた。 

「すぐに病院に連れて行ってやる」 

その様子を3つ隣のビルの上から見ていた都は「ふええええ」と座り込んだ。 

 

「屋上で襲われた男性は知的障碍者だった。名前は江戸橋直、電車とかに異様に詳しいタイプのスペクトラムで、小山に50万円払うと言われ、小山のふりをして新幹線に乗車したそうだ。東京で彼に接触した外国人も彼を接待するように雇われていた人間で、彼が知的障碍者と言う事で駅まで迎えに来たらしい。この2人は殺人に利用されているなんて夢にも思っていなかったそうだ」 

長川は栃木県警の会議室で都に報告した。 

「この事件はシネコンのトイレで本物が偽物に入れ替わっていたのではなく、偽物が本物に入れ替わっていたんだ。Zoom会議では小山の発表が行われていたんだが、その内容は実は小山昭ではなく弟の弘が兄のふりをしてあらかじめ作っておいたビデオで、昭はプレゼンが始まる前に殺され、その後Zoomでは殺人演技ビデオを上映したらしい。ちなみに弘殺害の演技をした能面の人物は会社の部下でドッキリ撮影だと言われていたらしいが、恐らくこのままだと口を封じられていただろうな。あの赤い帽子をかぶった人物も屋上で殺されそうになっていた男性で、警察をミスリードするためにわざとLRTでマンションに訪れさせたと病院の江戸橋は述べている。その上でビジネスタワーの指紋認証システムを突破したという事実と合わせて完璧なアリバイを作ったわけだ」 

長川はため息をついた。 

「奴のパソコンから企業やセレブがやらかした殺人や傷害致死、過労死なんかの死亡診断を偽装するビジネスをやっていた証拠が出てきた事や、バレにくい殺人指南もしていた事がわかってな。県警100人以上の殺人においてその実行を手伝った殺人の共同正犯で逮捕するつもりで頑張っている」 

「信じらんねー」 

結城は言った。「医者の肩書ってこんな事にも悪用しちまえるのか」 

「責任ある立場の人間がそれを悪用すればこんな大惨事になるという事は、警察も含めてどこの業界も同じだろう。今回の事で反ワクチンの陰謀論者が騒ぎ出して、多くの医者が迷惑している」 

長川はため息をついた。 

「でも今回は何でトリックを」 

千尋は長川に聞く。 

「被害者が親族だったからだよ」長川は言った。 

「医師が親族を安楽死させる事件があってから、身内の死亡診断書はダメという通達が出たんだ。だから奴は兄を殺すときに死亡診断書ではなくトリックを使う必要があった。そういえば」 

長川はふと都に聞いた。 

「都はどうしてあの時屋上に行ったんだ」 

「料亭が警察を騙せる時間は限られているでしょ」都は笑顔で言った。 

「だから絶対近くで殺人は起こると思ったんだよ。現場は繁華街だし、人がいない場所ってビルの屋上しかないでしょう。だからこの辺で一番高い雑居ビルに上ったの」 

「なるほどな」 

と結城。 

 その時会議室に鈴木刑事が入ってきた。 

「警部。小山弘はおおよその犯行を自供しました。ただ実はちょっと妙な事があるんですよ」 

「妙な事?」 

長川が聞いた。鈴木は口を開く。 

「実は小山の奴、江戸崎に赤い帽子を被らせてマンションに行かせたことだけは否定しているんです」 

「どういう事だ」訝し気な長川。都は考え込んでいたが、「長川警部」と都は声を震わせた。 

「江戸崎さんの病院、お巡りさん警備している?」 

「一応な。今回のヤマはかなり深そうだし、警官2人で病室を警備させている」 

「2人じゃ全然足りないよ!」 

女子高生探偵の表情は焦っていた。 

 

 病院の廊下に警官が倒れている。それを江戸崎が跨いだ。 

「申し訳ない。しかしそろそろ都さんが気づく頃なんですよ。この事件に都さんが関わるのは想定外だった。おかげで僕の計画は一から練り直しだ」 

江戸崎はゆっくりと顔面の皮膚に爪を立ててべりっと引きはがすと、そこには黒い眼窩とむき出しの歯茎、あの大量殺人鬼岩本承平の姿があった。