少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都6 殺人パンデミック①

導入編

1-2

 

 
1


 JR磐越南線。701系電車は杉沢市中心にある磐城杉沢駅に到着しようとしていた。
「そうそう、前ジモティでお兄ちゃんが勝ったパソコンは韓国製でさぁ。2万円も出したのにこの前停電があった時に壊れちゃった。買って2か月だよ。2か月! 信じらんない」
と就職活動中のリクスー若い女性がため息をついた。
「韓国製は壊れやすいみたいだしね」
ともう一人のリクスー女性がため息ついた。
「でも停電って危ないらしいよ。精密機械って停電が復旧した時に電気がばって流れるときが一番危ないみたい…」
その時列車は単線から2面3線のポイントに入るために大きく揺れて、リクスー女子の会話はそれまでになった。リクスーの女性が列車を降りるのと同時に、その人物も701系のドアを降りて駅に降りた。有人改札の駅員に切符を渡して、最近建て替えた駅舎の待合室の液晶テレビを背広姿のその人物はテレビを見た。
―先ほど、政府は世界的な流行の兆しを見せている新型コロナウイルスについて各都道府県知事と電話で会談する対策会議を招集すると発表、須加原官房長官は今日の記者会見で、都道府県知事と話し合ったうえで今後の対応を検討すると…
 キャスターの緊迫した声を一瞥してから、その背広姿の人物は駅前に停車している個人タクシーの後部座席に座った。
「お客さん、どこまでですか」
「城東4丁目まで」
背広姿の人物はそういった。
「コロナ、広がっているみたいですね」
賃走の文字と運転手の名前が表示されたプレートを見ながら客の男は言った。
「ええ、心配ですよ。家に85の母がいるんでね。しかも息子が基礎疾患もちで。もしこの杉沢市にコロナがやってきたら、僕なんか感染のリスクが高いですし、母や息子に感染したらと思うと、戦々恐々ですよ」
50歳くらいの運転手はため息をついた。
「でも、この仕事からこの年で転職するのは難しいでしょう。あ、お客さん、この信号の向こうが4丁目です。どこまで乗せましょうか」
「次の路地を右曲がってください」
「えっ」
運転手は少し驚いていた。タクシーが右の曲がって狭い路地に入ると、
「ここで止めてください」
と後ろの男は声を上げた。
「お客さん…ここって」
アパートの前で運転手は声を震わせた。
「ええ、運転手さん。あなたの家です」
客はアタッシュケースを広げると、運転手のルームミラーに見せつけるように、札束を見せた。
「ざっと1億円あります。あなたはこのお金を持って、10年早い隠居生活にはいりなさい。この家に引きこもってコロナをやり過ごすのです。食事は全て出前にすればいい」
男は運転席に表示された運転手の身分証明書をばきっと折って運転手に渡した。
運転手がアタッシュケースを手に茫然と立つ中で、タクシーはUターンした。すでに運転席には近藤傑という偽物の運転手の身分証が設置されている。細目の男はタクシー運転手になり切ると、メモ帳を取り出した。
「さて…次にすることは」
近藤は不敵な笑みを浮かべた。


 福島県杉沢市―。1週間後。
 田園地帯がひたすら広がる田舎に、一軒の教会と付属施設が立っていた。教会にはワゴン車が停車している。
「はーい。出来ましたよ」
食堂のテーブルにシュチューの鍋を乗せた高野瑠奈。
「うわぁああっ」
男の子たちが目を輝かせた。
「すっげぇええ。瑠奈料理もうまいんだ」
「惚れたぜ、瑠奈。俺が瑠奈のお嫁さんになってやってもいいぜ」
小学生のガキである真と浩紀が「ぐっ」と指さした。
「ああ、気持ちはうれしいんだけど」瑠奈が苦笑した。
「もう私弟居るし…」
「いいじゃんか。もう1人か2人増えたって」
「弟になったらさ。一緒に風呂に入ろうぜ」
増長する糞餓鬼に「いい加減にしろよ」と瑠奈の背後から吊り目を光らせた北谷勝馬がゴゴゴと天を唸らせるような雰囲気で威圧する。
「うわぁああああああ」
「怖いいいい」
と餓鬼はわざとらしい声を上げて、小柄なショートヘアの女子高生島都に抱き着く。
勝馬君。怖がらせちゃだめだよ。かわいそうじゃない」
「都さん。こいつらは邪悪なものを秘めています。変態大魔王です」
勝馬が口泡を飛ばす。
「こんなかわいい子が変態なわけないじゃん。勝馬君と違って」
都がむーと声を上げて、抱き着いた浩紀を撫でてあげる。
「怖かったよね。でも勝馬君はゴリラと同じで本当は優しいから大丈夫だよ」
「全くおまって奴は」
長身の青年で都の同級生の結城竜は北谷勝馬をジト目で見つめる。
「結城、見てみろ」
ゴリラ男が浩紀を指さす。浩紀は都の小さな胸に顔をうずめながら欲望の穢れに満ちた顔で笑っている。
「この野郎、引っ付きすぎだ。都から離れろ」
結城は慌てて浩紀から都を引き離そうとする。
 さてさて、なんで常総高校の探検部が福島県杉沢市の児童養護施設で働いているかと言えば。


 24時間前―。
 探検部の薮原千尋がいる公団団地の千尋の部屋のスマホが鳴った。
「もしもーし。おう、優奈じゃん。久しぶり…うむふむ…うむむむ。えええ、なんだって。牧師のおっちゃんCOVID-19になっちゃったの? で、職員さんにも感染。あちゃーーー。で…うん…はぁーーー。まぁいいけど」
千尋は風呂上がりの髪の毛をふきふきしながら、ノートPCを開いてチャットを開く。


 島都の住んでいるアパート2階。
「ほうほう。つまり、そこに行けばお給料もちょっとは出て、ご飯も食べ放題か。これはいかなくちゃいけないねぇ」
都が電話でしゃべっている後ろのキッチンのゴミ箱にはカップラーメンのゴミが大量に入っている。
「ふふふふ、私のアルバイトもなくなっちゃったし。それなら、お母さんがカップ麺ばかりじゃなくて大好きなホットケーキとかプリンとか食べられるねぇ」
スマホに向かって喋る都は嬉しそうだった。


「なにぃ、都が施設でアルバイトぉ?」
結城が素っ頓狂な声を上げ、コナンの映画を見ている中学2年生の結城秋菜がリビングのソファーでせんべい食べながらこっちを見た。
「あいつの女子力で掃除洗濯炊事なんて出来るのかよ。うん…うん…ううう…まぁ、俺もソーシャルディスタンスには気を付けているし、スーパーにしか行かねえから感染はしてないはずだが…。うん。いやー」
結城竜が秋菜を見ると、秋菜は「行ってきな。バカ兄貴と2人きりでの生活に飽きてきたところだから」と手を振った。
「師匠が兄貴を必要としているんでしょう」


「お母さん。2週間。養護施設に働きに行ってきていいかな」
瑠奈が母親にスマホで聞いた。
「な、なんでまた」ドラッグストアの仮眠室で瑠奈の母親が怪訝な顔をした。
千尋からなんだけど、知り合いの養護施設の牧師さんがコロナで倒れちゃって。それで職員さんにも感染していたんだって。田舎の隔絶されたところにあって2週間は何とか職員さんが一人で回していたんだけど、もういろいろ大変だから…探検部と一緒に」
「感染って…そんな危ないところに」
ドラッグストアの仮眠室でお母さんが心配そうな顔をするが、瑠奈は強い口調で言った。
「3週間孤児院では誰も異常はなかったし、みんな陰性だってわかっているから大丈夫」
瑠奈はリビングに立って、パジャマの胸にぐっと手をやった。
「私も、この非常時に何かをしたいの。ずっと病院に泊まり込んでいるお父さんに、感染のリスクの為に薬局でずっと働いて泊まり込んでいるお母さん…私は何もできないで引きこもっているだけだった」
「姉ちゃん」
瑠奈いるのリビングソファーで弟の陸翔が立ち上がる。
お母さんは携帯を持ってショッピングモールのドラッグストアの仮眠ソファーでため息をついた。


「いいじゃないか、勝馬
勝馬の母ちゃんが韓国ドラマをテレビで見ながらケツをぼりぼりかく。
「こんところあんた外出もできないで悶々としているじゃないか。世間様の役に立ってきな」
「母ちゃん」
勝馬が呆気に取られている。


「すいません。わざわざ茨城県南から往復させちまって。列車に乗れれば福島まで行ったんですけど」
国道を突っ走るワゴン車の助手席で結城が言うと、運転席でハンドルを握る金髪のお姉ちゃんが
「いいっていいって。ただみたいなお小遣いで働いてくれる人が4人も見つかって感謝だし。それに公共交通で移る可能性もあるしね」
と言った。
「この人が孤児院の職員さん?」
瑠奈が千尋に聞く。
「そ、そして私の同人仲間の栗林優奈。よくこの人にR18作品を調達してもらったんだわ」と千尋はにかっと笑う。
「私にとっては大明神様ってわけ」
「その大明神様への恩返しに俺らが利用されるってわけか」
結城がジト目で千尋を見た。
「いいじゃん。どうせ暇だったんでしょ。こうでもしないと私らはこれから何か月も会えなさそうだしね」
千尋はぎゅーっと抱きしめる都を撫でながら言った。
「都―――。寂しかったかぁ」
「うええええええええ」都が鳴き声を出すので瑠奈が背中をポンポンする。
「日常がこんなになるなんてあっという間だったよね。つい数週間前まで私たち部室でお喋りばっかしてさ」
瑠奈が目を細める。
「瑠奈ちん、そんなことをしたら勝馬君が」
「うわぁあああああああああ」勝馬が野々村みたいに泣きながら女の子に抱き着こうとして千尋に3列目に顔を手で押されて「ふべっ」っと押し返される。
勝馬君、泣きながら毎日私に電話してくるんだよ。すごく寂しかったんだよね」
「都さん、会いたかったです。むさくるしい母ちゃんのケツ以外に」
「私も会いたかったよぉ」
都と勝馬がシート越しに抱き合う。
「むさくるしいのはお前らの方だよ」
と結城がミラー越しに突っ込みを入れて、栗林優奈は「アハハハハッ」と笑う。
「そういえばさ、なんで牧師のおっちゃん、コロナになっちゃったの。まさか風俗通い?」
千尋が優奈にポッキー後方からポッキー咥えさせながら言った。
「さすがにあのオヤジもそれは自制してたよ。原因は教会の近くで自殺しようとしたおっちゃんが教会に助けを求めてきた。その人が感染者だったんだよ」
「あらら」結城が言った。
「その人ここへ来るまでのJRでもクラスターやっちゃってさ、水郡市の感染者が20数人出ているらしい。今杉沢市はてんやわんやの大騒ぎ大変なことになってるよ」
優奈は登坂車線を走るトラックを追い越した。
「あのネトウヨ市長にどうにかできますかねぇ」
結城が言う。
「塚本市長…Twitterで脳内ケシ花畑なツイートをやっているよ。私たちの施設もディスっているし。最近じゃ杉沢市の在日コミュニティで感染者が出ていないのはおかしいとか、マスクを在日が買い占めているとか‥‥」
「うわぁ、脱愛国カルトに書かれるパターンだ」
「おかげで、買い出しもろくにできなくなっちゃったよ。先週は商店街が出禁になり、次に道の駅の直売店、今度はロードサイドの結構でっかい量販店も出禁に」
「出禁にできるもんなんですか」
結城が茫然とした表情で言う。
「入ったとたんに店長が出て行ってくださいって言ってきて、拒んだら金切り声で『出ていけぇ、出ていけぇ』って狂ったように叫ばれたよ。量販店は『外国人の買い占めを防ぐため外国人には売りません』って書いてあって、お断りの対象に私ら施設の名前が堂々と書かれていた」
優奈はため息をつき、瑠奈は「ええっ、これ名誉棄損じゃないですか」と声を上げ千尋は「店が糞だよね。Twitterに乗せればいいよ」と言った。
Twitterに載せられても連中はびくともしないよ」
優奈は前を見て言った。
「今は非常時だし、正直Twitterでは店の対応を称賛する声が多かったしね。まぁ、見かねた支援者がフードバンク通じていろいろ送ってくれて、今備蓄は出来てる」
「本当に世の中どうなっているんだ」
勝馬は後ろからため息をついた。
「もともとそういう世の中だったんじゃねえのか」
結城は吐き捨てるように言った。
「それが顕在化しただけだろ」
「なんか、本当、人の心の醜さがいろいろわかるニュースが増えたよね」瑠奈の声が沈む。


 車が国道をそれて、孤児院のある山岳地帯へ走っていった時だった。
 目の前を消防団の法被を着た男たちがドラム缶にポールを乗せた簡易的な検問を作って待機していた。横にピックアップトラックのポンプ車が停車している。
「よぉ、いい体のお兄ちゃん」
優奈が気を強く挨拶する。
「この集落の外の車は立ち入り禁止だ」
「私たちはこの集落の人間なんですけど。一応」
「お前らはこの村に災いをもたらした。お前らはこの村の恥だ」
法被の男、上森雄三という30代の角刈り男はそういいながら、鉄パイプでドラム缶をガンガンたたく。
「今すぐ出ていけ」
「今日にも出て行けよ」と後ろで若者1人、前原博文と年寄りの小路直正が叫んだ。
「この野郎」勝馬がベネットみたいな顔で車から降りようとするのを優奈は手で制してから、
「やだと言ったら」
と運転席から挑発的に言う。
「あんたらは道路交通法に違反しているからね。それに私はあの土地で働いているんだから。あんたらに指図なんか受けないよ。とっとと開けろ」
優奈の気迫に押されながらも、上森は「絶対ただじゃ置かないからな」と悪態をついた。そしてポールをどけた。
「ひょええええ」
車の窓から連中の醜悪な顔を横目で見ながら都は目をぱちくりした。
「助かったよ。結城君のどすのきいた視線にあいつらビビっていたね」
優奈はハンドルを回しながらカラカラ笑った。
「優奈さん俺は」勝馬が間抜けた顔で言って、女の子3人は笑顔で笑った。
「しかし、想像以上にヤバい状態ですな。村八分なんてもんじゃない」
結城がため息をつくと、優奈は
「いや、もともと私が働きだしてからしばらくは仲良くやっていたんだよ」
とハンドルを握ってため息をついた。
「よく私のことがかわいいからって、お米とかジャガイモとかを箱ごとくれたりしてさ。夏にはみんなで田植えを手伝ってスイカ貰ったりさ。さっきの消防団の連中も去年の夏には消防団の設備とか見せたり子供たちに体験させてくれたりしてさ。結構子供たちも懐いていたんだよ」
優奈は前を見た。
「でもコロナが全部変わっちゃった…あのウイルスは人と人とのつながりを破壊するウイルスだよ」
そこまで言ってから優奈はふとフロントガラスを指さした。
「あれだよ」
丘の中腹に教会と付属する建物が見えてきた。


2


 車は丘の上にある教会の敷地に入った。
「おーい。みんなぁ。イケメン男子と美人女子高生連れてきたぞ」
と優奈が運転手のドアを蹴っ飛ばして、荷物を半分結城に渡してから、宿舎に向かって叫ぶと、玄関から子供たちが走って抱き着いてきた。
「おおお、どうした。私はそんな長時間ここを開けていた覚えないぞ」
抱き着いて泣いている子供たちを抱きしめるため、」残りの荷物を勝馬に渡してみんなに視線を合わせる優奈。
「優奈ちゃん、実は」
年長の少女が声を震わせた。
 アップルのPCにアップされたメールには校長から
「『あなた方施設の子供たちは学校の児童に悪影響を与えます。課題は必要ありませんし、もう学校に来ないでください』あっちゃー、ひどい文面だね」
小学校からの課題メールに書かれた校長のメッセージに優奈は頭をポリポリかいた。
「私たち学校へ行けないの」小さな女の子が声を震わせる。
「もう友達に会えないの?」
「結城、ちょいスマホ貸せ」
勝馬が唸った。「何するつもりだ」と結城。
「板倉に電話して招集をかけるんだよ」
勝馬は結城に喚いた。「そして学校にカチコミに行くんだ」
勝馬」結城は勝馬に物凄い形相で胸ぐらをつかんでいった。
「俺も混ぜろ」
「ちょい待ち」
優奈は結城と勝馬の背中を叩いて外に出た。
「ここの子供はお兄ちゃんの怒りには敏感だからね。子供たちから虐待や差別や育児放棄の話をされてもブチ切れないこと。主体的に怒る権利は子供たちにあるんだ」
「しかし」
勝馬が煮えたぎらない顔をするが、優奈は真剣な表情で
勝馬君。子供が怒るには大人への信頼が必要なんだ。子供が怒ったり悲しんだりしたときに子供の気持ちそっちのけで大人が暴走するようなら、子供たちは安心して怒れなくなる」
と諭した。勝馬の目が見開かれる。
「そうなったら、子供たちはため込んで、ある日耐えきれなくなる。わかるかい。君らが学校にカチコミに行ったら、子供たちが傷つくんだ」
「わかりました。申し訳ない」
結城が勝馬の頭を無理やり下げて一緒に謝った。
「でもここまで怒ってくれたこと自体は嬉しかったよ。さ、子供たちに挨拶だ」
優奈は2人の高校生を連れて孤児院に戻ると、男の子たちが光線銃を都に発射し
「ぐああああああああ、我がBL真理教の科学結社に栄光あれえええ」
と都はぶっ倒れ、女の子が魔法ステッキで都の胸をぐりぐりしてとどめ刺していた。
「悪は倒したぜ、優奈ちゃん」
と子供たちはグッしていた。
「お前、なじみすぎだぁ」
結城が都に突っ込みを入れる。


―子供たちと勇者なう―
という薮原千尋のツイートをタクシー運転手の近藤はチェックしていた。一応顔は顔文字で隠してあるが、近藤にとっては特定は造作もない事だった。そしてその写真にうちりこんでいるミッキーで顔が隠された小柄な少女の姿に近藤は目を見開く。
「もうすぐ先生がお帰りになられる」
と人材派遣会社秘書の田中博文が眼鏡をずり上げてガラスを叩いた。
「はい、只今」
近藤傑はにっこり笑って車を回した。
 数分後、タクシーの後部座席で歓楽街で芸者とイチャイチャしている人材派遣会社の東山幸助社長はでっぷりしたジャバザハットのような体を愛人に侍らせながら
「ははは、今日はもう最高の夜だ。私が天下を取れる。この町で天下を取れる事が確定したんだ。あひゃひゃひゃひゃひゃ」
と有頂天だ。無茶苦茶な酒の匂い。そして平気で愛人のドレスの胸をはだけて胸を触りまくる。
「随分と楽しそうですねぇ」
ふと運転手の近藤が能面のような笑顔で言った。
「なんだ。お前」ぶひーと東山が憤怒の声を出す。
「あなたが料亭に入る前に盗聴器を仕掛けさせていただきました。大体誰を殺せばいいのかはわかりましたよ」
「お前」
いぶかし気な豚社長に運転手は振り返った。
 むき出しの歯茎、くぼんだ眼窩。崩れ落ちた顔。それは新聞を騒がせているあの顔。
「うわぁあああああああああああ」
東山は後部座席にのけぞって、悲鳴を上げた。
「い、い、い、い、岩本承平!」
大量殺人者岩本承平が目をらんらんと放心状態で「ぶぶぶぶぶ」と奇声を上げている豚さんと芸妓さんを見つめる。
「さぁ、地獄に行きましょうね」
岩本がそう言った時だった。突然通りの電灯が消えた。国道のガソリンスタンドもコンビニも全部電気が消えている。
「まさか」
岩本は突然ハンドルを切って国道の橋の上で停車した。
「うわぁああああああ」
国道の橋の上で豚がタクシーから転がり出て、とことこ走り出す。
「ぶびゃぁあああああああああああ」
そう悲鳴を上げながら道路を無我夢中で走り出したが、そこにまばゆいライトをつけた路線バスが凄いブレーキ音とともに突っ込んできた。豚は「ぎゃん」と声を上げ、地面に吹っ飛ばされてひっくり返った。
 東山社長が道路の上でぴくぴく震えている。怯える愛人をタクシーに残し、岩本はゆっくりと豚社長に近づくと、痙攣する豚社長の首を足で踏みつけてへし折った。
「本当はもう少し苦しめたかったのですが」
岩本は死体を蹴り飛ばすと、茫然と立っているバスの運転手に髑髏の顔を見せつけた。
「僕を知っていますよね」
「ひ、ひいいいいいいい」
運転手は声を上げた。
「殺したのは僕です。運転手さんは悪くありませんよ」
岩本はそういうと、路線バスの運転席に座って後方のドアを開けて乗客に言った。
「申し訳ありませんが、このバスはここで運航中止とさせていただきます」
乗客が慌ててバスを降りると、路線バスは橋の上を急発進した。先ほどまでいた市街地では炎が上がっている。
「遅すぎたようですね」
岩本は信号のない交差点でハンドルを切って市街地を東に抜けた。降りっぱなしの遮断機をぶち抜き、駅裏から県道をひた走る。運転しながら、岩本はスマホの電源を入れた。