少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

【解決編】劇場版少女探偵島都5 電脳湖畔殺人事件File6

解答編

 

【解答編】

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【事件関係者】
紫藤公義(66):紫藤出版社長。
・紫藤敦彦(32):紫藤出版専務。実質的にニート
紫藤恒彦(35):紫藤出版副社長。
・黒木秀己(47):作家。
有川高姫(34):茨城県議。
・杉島進(26):無職。
・江崎幾司(70)弁護士。
米原桜子(23):紫藤家家政婦。
・二見守(20):紫藤恒彦の給仕。

 

「この中に…3人を殺した犯人が」
一同全員が顔を見合わせる。極右に走った反知性主義者たちも、女子高生探偵島都の迫力に飲まれて茫然としていた。
「杉島さん」
都はかつて秋山優那を死に追いやった実行犯の杉島進の近くに寄った。
「この館で杉島さんの行動に違和感を覚えたんだよ。杉島さんは右手で優那さんを刺殺したって自分でニュースで言っていたよね。でも貴方はコップを持つときも煙草を吸う時も全部左手だった。それに杉島さんはトイレで千尋ちゃんが襲われたり、恒彦さんが顔を切り刻まれて殺されたりしているのを私が話もしてないのに知っていたよね」
「そうか、あんたが杉島進の偽物だったんだな」
結城は言った。「そして本物を殺して成り代わり…」
「ううん、杉島さんは犯人じゃないよ」
都は言った。
「杉島さんは弁護士の江崎さんと一緒に来ていた。親身になってくれる弁護士さんがいるのに成り代わる事なんて出来ないよ。それに貴方は煙草吸う時、左手で煙草をくわえてそこに左手でライターを使っていた。左利きでも不自然だよ。杉島さん、貴方は優那さんを刺してしまったトラウマで、右手が使えなくなったんじゃありませんか」
杉島は目を剥いた。
「貴方がいろいろ知っていたのは盗聴器を屋敷中に仕掛けていたから。この屋敷でのことを録音して、この屋敷の連中の本当の姿を暴いて、自分はそれに踊らされて人を殺してしまった正義の存在ではない罰を免れた人殺しなのだと社会に知らせるために」
都が言うと、杉島は目を真っ赤にして震えだした。
「治療を受けて…僕がしてしまったことを知ったんです」
杉島は言った。
「優那さんの命を奪い、二見さんの人生も滅茶苦茶にしてしまったのに…僕は何の報いも受けていない」
杉島は震えながら座り込んだ。
「二見さん、ごめんなさい…僕が…僕が」
「ふざけんなぁ」
敦彦が声を張り上げた。
「やっぱりこいつが犯人なんだよ。優那は国が認めた阿婆擦れなんだ。僕に枕営業を仕掛けた日本の敵なんだよ。反日勢力に国を売り飛ばそうとしているあの女が死んだって何が悪いんだ」
「こいつを捕まえろよ」
黒木が叫んだ。
「杉島さんに誰かが成りすますことは出来ないよ。彼は優那さんを殺してしまってからTwitterを一切やっていないし、江崎弁護士が親みたいに親身になってくれたみたいだし。ニュース動画で画像もいっぱい出ているし、本人なのは間違いないよ」
「それなら我々も同じだ」
黒木が憮然とした表情で言った。
「我々も公人としてTwitterで配信しているし実在性はメディアでもこいつ以上に証明されているだろう」
「確かに、貴方たちは実在人物だし、優那ちゃんを殺した貴方たちに復讐を狙う誰かが成り代わることは出来ない」
都はここで顔をあげて事件の核心を一文で言った。
「でも、本物に偽物が成り代わるのは無理でも、偽物に本物が成り代わることは出来るんじゃないかな」
都は言った。それに黒木と敦彦は顔を驚愕させる。
「そう、この事件は優那さんを死に追いやったTwitterのなりすましを彼女を愛していた復讐者である本物が殺して、本物が偽物に成りすました事件だったんだよ。千尋ちゃんが今タブレットで表示しているけど、その人物は2年前までなりすましを疑われていたけど、急に個人情報や写真をアップしてTwitterから本人証明チェックをもらっている」
都はその人物の前に立った。
「紫藤敦彦さん…貴方がお父さんとお兄さん、そして有川高姫さんを殺害した犯人です」
敦彦の顔は震えていた。好色で下品な雰囲気が一瞬消えて本当に驚愕していた。
「な…」
二見は目を見開き、米原桜子は目を閉じて俯いた。杉島は茫然としており、黒木は怯えたように後ずさった。
「そんなバカな。こいつは優那と無理やり結婚して」
「うそでしょ都」
千尋も思わずタブレットを机の上に倒してしまう。
 敦彦は素の表情で震えていたが、やがていつもの下品な表情を作った。
「ふざけんな! なんで僕が成りすまさなけりゃいけないんだよ。大体僕は千尋ちゃんと一緒にいたんだぞ。千尋ちゃんにいっぱいエッチなことをして、気持ちよく愛し合っていたんだよねぇ」
敦彦が千尋を見た。だが千尋はその表情に嫌悪感よりも哀れみすら感じた。動揺する中で必死で気色悪い人間を演じようとする悲痛さが嫌でも感じられた。
「そうだ、こいつは薮原を襲った奴だぞ」結城が物凄い表情で敦彦を見ながら言った。
「じゃぁ、敦彦さんに聞くけど、この鼻は誰に殴られたの? ヒント、結城君じゃないよ」
都は鋭い目で敦彦を見た。敦彦は目を見開いた。敦彦は全員を見回した。全員の目が敦彦に注がれる。
「二見…か…」そういう敦彦に都は冷静に言った。
「ブブー、正解はあなた自身。ただしトイレで貴方に変装したお兄さんの恒彦を殴ったのは結城君だけどね」
「まさか」結城が声を震わせた。
「そう、この事件で千尋ちゃんを襲ったのは敦彦さんに変装した恒彦さんだったんだよ」
「ちょっと待って!」千尋は声を上げた。
「私を襲ったのは敦彦だよ! だってその場には有川もいたし。混乱して怖くてぱにくっている私ならともかく、殺された有川さんが間違えるわけが」
「簡単だよ。有川さんと恒彦さんはグルだったんだよ。千尋ちゃんが襲われたのは有川さんと恒彦さんによる紫藤敦彦殺害計画のトリックの一環だったんだから」
都は言った。
「トリックの全容は簡単。恒彦さんは髭をそって眼鏡をはずし、敦彦さんに成りすましたうえで千尋ちゃんを襲い。その時一緒にいた有川さんが上の階に上がって日本刀で寝ている敦彦さんの本物を殺して、再びトイレに戻ってきて千尋ちゃんを慰め役か何かになって、その間に恒彦さんは敦彦さんの変装を解いて元の姿に戻り、その間に敦彦さんの死体が発見されて有川さんのアリバイが証明されるという筋書きだったんだよ。恒彦さんは第一の殺人でリビングにいるという、しかも社長が部屋に帰ってからずっとみんなと一緒にいたという完璧なアリバイがあるからね。そう、あの階段の日本刀で切り刻まれたにしては変な血の跡も意味が分かれば簡単だよ。現場にあった日本刀を持っていたのは本当は被害者である有川さんだった。日本刀をもって階段を上がる有川さんを犯人は階段の上からボウガンで射殺。矢を引っこ抜いて日本刀で死体を切り刻んで凶器が本当はボウガンだとわかりにくくするためだよ」
「じゃぁ第一の事件で日本刀が使われたのって」
桜子が声を震わせると都は頷いた。
「そう! 有川さん自身に日本刀を持ってこさせるためだよ。恒彦と有川さんには第一の公義さん殺害時にアリバイがあった。つまりそれと同じ凶器で殺害すれば連続殺人に見せかける事が出来、よりアリバイが強固になる。そう、第一の事件と同じ日本刀で敦彦さん自身を殺害する選択をするように、敦彦さんによって巧妙にあの2人は操られたんだよ」
「もしかして第一の事件で敦彦さんだけにアリバイがないのも」と二見の言葉に都は頷いた。
「恒彦、有川に敦彦さん殺害の決行を決意させるためだよ。敦彦さんと恒彦さん、公義社長は優那さんに関するある秘密で揉めていたんだよ。そしてそれは平気でヘイトを流す無敵人間でさえ隠しておかなければいけない何かだった。これが原因で敦彦さんが公義さんを殺害したとなれば、敦彦さんの口から警察にばれかねない。だから恒彦は敦彦さんにアリバイがある形で橋を落として警察を遠ざけたんだよ。トリックの為に一度敦彦さんをあの物置から釈放させたんだよ」
「そうか」結城は戦慄した。
「恒彦の髭が本物だったのは。奴らの計画が突発的だったからか。そこまで計算しているなんて…なんて頭のいい犯人なんだ」
「待ちたまえ」江崎弁護士が声を上げた。
「もしそうなら…物置で閉じ込められているとき敦彦が恒彦たちに日本刀で殺される可能性だってあるわけじゃないか」
「それはないと敦彦さんは計算していたんだよ」
都は言った。
「社長がお風呂で殺された時、結城君が恒彦さんが有川さんを探し求めていたのを話してくれたんだけど、多分前々から兄弟の姿が似ている事を利用した敦彦殺害計画は立てられていて敦彦さん自身もそれを察知していたんだよ。ううん、あの公義さんや敦彦さんとの秘密をめぐる対立も敦彦さんに殺意を抱かせるための計画だったのかもしれない。敦彦さんにとってこのアリバイ計画の最も大切な場所は、恒彦さんと有川さんの2人が自分たちで殺人計画を立ててそのアリバイ計画も自分で立てさせることだった。自分で言っていても信じられないよ。殺人のためのアリバイトリックを考える犯人はいても、別の人間に自分の思うままに別人自身の頭の中で殺人トリックを考えさせて実行させるなんて…第一の事件で死体がバラバラだった理由も、第二の事件か第三の事件の何かしらのトリックの証拠を紛れさせるための見立てぐらいにしか普通は考えない。まさかこれが別の人間を操るための催眠術の働きをしているなんて、考えもしなかったよ」
都は敦彦を見つめた。敦彦はもう演技などできていなかった。俯きながら顔面蒼白になって震えていた。もはや彼はこの聡明な少女探偵が全て見通している事が分かっているのだろう。
「じゃ、じゃぁ第三の事件は」杉島が声を震わせると都は言葉を続けた。
「あれはアリバイ工作に見せかけた、言ってみれば凶器の消失トリックだったんだよ。敦彦さんはあらかじめ恒彦さんの部屋に彼の殺害を示唆するボウガンと血液をばら撒いていた。多分その血は公義さんの血だったんだよ。そして女子トイレやリビングに近いリネン室に、敦彦さんは恒彦さんに変装してみんなの前を通り過ぎてリネン室にやってきた。そしてそのリネン室で恒彦さんが敦彦さんの変装を解いている時に、彼をボウガンの矢で殺害した。でもその時、彼の鼻に殴られたような跡があり、咄嗟にナイフで鼻と耳をそいで顔をズタズタにして、自分で自分の鼻を殴った。兄弟ともに部屋では変装をするんじゃなく解くだけだったから、それほど人前から姿を消さずに合流できるしね」
「それと凶器消滅って」黒木が言うと都は
「私たちは恒彦さんを探して館中を探し回った。その時どこに隠してもボウガンは見つかってしまう。でも次の殺人で矢が凶器に見つかったとなれば、ボウガンは第二の事件ではなく第三の事件の凶器として認知してくれるんだよ!」
と敦彦を見上げた。
「信じられません!」桜子が大声をあげたので結城は驚愕した。
「だって、恒彦さんがリネン室に隠れて変装を解くって、あんな短時間で敦彦さんになんでわかるんですか。だって敦彦さんは恒彦さんと示し合わせる事なんて出来ませんよね。この部屋がたくさんある別荘で、恒彦さんの格好で歩いて、あんな短時間でどうやって敦彦さんは恒彦さんの隠れている場所を予測したんですか! まさか盗聴器とかっていうんじゃないですよね」
温厚な家政婦が敦彦をかばうように大声を出すという異常事態にも、都は全く動じなかった。
「盗聴器なんて使わなくても敦彦さんにはわかっていたんだよ。だって敦彦さんは恒彦さんにそこに隠れるように誘導していたんだから」
都は真っすぐ桜子を射抜いた。

 

 

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本当の紫藤敦彦(https://picrew.me/image_maker/4395

 

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「誘導…どういうことだ」
結城が都に聞くと、都は目を閉じた。
「あの時有川さんの事件で、階段でなぜ殺人が行われたのか、私はずっと考えたんだけど、それは早く発見させるためなんだよ。早く発見されてしかも殺されたのが有川さんだったら…敦彦さんに変装した恒彦さんはどうすると思う?」
「そうか」結城は戦慄した。
「自分が変装した敦彦が生きているって事だから一刻も早く恒彦に戻ろうとするはずだ。自分が変装してアリバイを成立させようとしていたなんてばれたらやばいから」
結城は言った。
「それも廊下で誰にも見つからずに…そのためにはトイレの前のリネン室に咄嗟に隠れるしか、恒彦さんには選択肢はなかったんだよ。敦彦さんはそれを予測していた」都は言った。
「そんな恒彦さんを殺すために、敦彦さんは兄に変装して堂々と結城君の横をすれ違った。死体発見で動揺するみんななら変装を見破れないと踏んでね。あの時の恒彦さんはこれから人を殺しに行く真犯人の姿だったんだよ。恒彦さんに変装した敦彦さんは変装を解いた恒彦さんをボウガンの矢で殺害した。そして自分も変装を解いてみんなの前に戻った」
都は敦彦を見上げた。敦彦は天井を見て目を閉じている。
「でも、敦彦さん、結果的にリネン室の同じ隣だった女子トイレで恒彦が千尋ちゃんを襲ってアリバイを作っているなんて思わなかったんだよね。それを千尋ちゃんに告発されて一番驚いたのは貴方だった」
都は苦笑した。「今思えば、その時はちょっと素が出てたよ」
 紫藤敦彦はため息をついて薮原千尋を見た。その目は優しい目だった。
「怪我はなかったかい」
「は、はい…結城君がすぐ助けてくれたから…」千尋は緊張した声を出した。
「良かった…こんなつもりじゃなかったんだ。本当にどうお詫びをしていいかわからない。本当に君からその話をされたあの時は叫びだしそうだった。それから二見君にも謝りたかった。優那が大切に思っていた人に僕はひどい言葉を投げ続けた。でも復讐をやり遂げるためには、君を助けることは出来なかったんだ」
「敦彦様…」米原桜子は口元を手で押さえて涙を流した。
「ふざけるな」二見の声がわなわなと震える。「お前は無理やり優那を自分のものにしたんじゃないか。お前のせいで優那は!」
二見が敦彦に掴みかかろうとするのを米原桜子は「違います!」と大声で否定した。そして声を震わせた。
「優那さんを無理やり権力で敦彦さんと結婚させたのは社長と恒彦さんで、そのことを知らなかった敦彦さんは本当に純粋に優那さんを愛していらっしゃったんです」
「どういうことなの」千尋が声を震わせた。二見も怒りの表情が驚愕に変わった。彼がどうしていいのかわからない複雑な表情をする中で、薮原千尋は大声で敦彦に掴みかかるように叫んだ。
「本当のことを話して!」
敦彦は下を向いて呟くように話し始めた。
「僕は発達障害を抱えていてね。ずっと一族では座敷牢みたいに一軒家に閉じ込められてね。恥になるからと学校にも行かせてもらえず、大人になってから名目上の会議にだけ出席させられる日々でした。そんな僕のところに優那さんが来てくれた時には本当にうれしかった。こんな僕を好きになってくれる女性がいたんだと、本当にうれしかった。彼女との時間は数か月だったけど、でも本当に楽しかった。でも彼女は夜に怖い夢を見ているらしく、『やめて、助けて、守』って声を出してうなされる時がありました。さすがに僕もうっすらとはわかっていました。優那さんには本当は守さんという好きな男性がいて、かなえたい夢があって、でも父や兄によって無理やりここへ連れてこられたんじゃないかと。考えてみたら当たり前なんです。僕のような引きこもりを好きになってくれる人なんていない…。でもそんな恐ろしい現実を突きつけられるのは怖かった」

 

 あの雷鳴の日、優那からそのことを突きつけられた敦彦は震えていた。そして顔を覆って子供のように泣きながら地面に座り込んだ。「あ、あ…ああ…」」
「ごめんね」そういう優那に敦彦は狼狽えていた。
「あ、僕は…僕は…なんて事を」不器用に子供のように涙をボロボロ流してショックを受ける敦彦。彼は受け入れようとしていた。自分が大切な女性を守る存在どころか、彼女を苦しめ拘束する存在だということを。親指姫の童話に出てくるモグラだということを…。その心優しきモグラを…親指姫は力いっぱい抱きしめた。「ありがとう…」
その様子を桜子は物陰から見て顔を覆った。

 

「でも、それが馬鹿だったんです。僕は世間の事を全然知らない間に…いや、優那の事を思い出すのが辛くて、精神的に逃げたくてふさぎ込んでいる間に…僕が優那の幸せとかそういって何も考えずに送り出してしまうから…僕は優那を死に追いやってしまった…」
敦彦は震える声で言いながらその日の事を思い出した。テレビで優那の死のニュースが流れてインターネットで誹謗中傷されて精神異常者に刺されたということがわかって、PCの前で敦彦は絶叫して崩れ落ちた。
「一体なんでこういう事になったのか。僕は必死で調べました。そのために僕は自分に成りすましてTwitterで優那を誹謗中傷していたネトウヨの男に金をちらつかせて接触しました。こいつは得意げに話してくれました。紫藤出版が個人情報をばら撒いてくれている。こいつを使って杉島って統失者を煽り立てて、彼女を殺すように仕向けているんだって。自分を正義の使者とでも言いたそうな表情でね。紫藤出版がこの炎上の大本だという事はわかりました。僕はこいつに睡眠薬を飲ませて裏山に連れていき、縛り付けて穴に突き落として生き埋めにすると脅迫するとあいつはあっさりアカウント情報を割りましたよ。そして、こいつのアカウントを乗っ取ると、まるでアカウントに作られたなりすましの紫藤敦彦が、あの狂った悪魔みたいな敦彦が、まるで僕と一体化するように感じました。その時ですよ。優那を殺した人間に復讐しようって思ったのは、僕はあの男を生き埋めにして殺し、復讐の為にネトウヨ紫藤敦彦になった。あんな糞どものふりをしていても、僕は全然辛くはなかったんですよ。だって僕も優那さんを死に追い込んだ一人ですからね。Twitterの世界で本物認定されると接触してくる人間は多くてね。有川先生も黒木先生もそうですよねぇ」
狂気を孕んだ激情の目で紫藤敦彦は黒木を見つめた。黒木はガタガタと震えだした。
「あんたは僕に得意げに見せてくれましたよ。僕の父や兄が養護施設に接触する前に紫藤出版にアルバイトの面接に来た優那に孤児院出身をいいことにしでかした悍ましい獣の様な動画をね。あいつらはそれを社会的実験だと言っていた。女は強姦して屈服させて従順にさせて無理やり奪うことが少子高齢化対策と日本再生につながるという出版本の実現を、優那さんと僕を実験台に実行しようとしたんだ。それがうまくいかなかった腹いせに、ネットの暴力を使って優那の命を奪った。僕は笑顔でへらへらしながら、黒木さん、あんたのその素晴らしい主張を聞いてこう思いましたよ…」
敦彦の形相がふっと無気力な笑顔に揺らいだかと思うと、次の瞬間だった懐からナイフを取り出すと、
「敦彦さん!」
と叫ぶ都を突き飛ばすようにして、悲鳴を上げる黒木の後ろに回り込み、首にナイフを突きつけた。
「…お前ら全員、殺してやるってね!」
般若の様な形相の紫藤敦彦に黒木は「ひいいいっ」と悲鳴を上げてズボンを濡らした。
「こ、殺さないで…助けて…」
「お前…優那がどんなに苦しんだか、わかるか。お前らはくだらない自分の思想の実現の為に一人の人間の命を奪ったんだ」敦彦の目が血走る。
「何でお前がそんなことをしなくちゃいけないんだ!」
二見守が声を上げた。
「二見君。僕が優那と君との幸せを奪った大本だからですよ。あの裏山であいつを殺そうかどうか迷っていた時、優那の悪夢に苦しむ姿を思い出しました。そうなんです。僕はもう優那というこの世で一番大切な人を死なせてしまった! あいつを殺した時に警察が僕を突き止めれば復讐なんてやめようと思った。でも警察はあの時みたいに人の命を助ける最善を取らなかった! だから決めたんです。僕が全員裁くとね!」
窓の外に太陽に逆光するように敦彦が狂ったように叫んだ。
「さぁ、黒木先生…一緒に地獄へ行きましょう。優那を死に追いやった罪を一緒に償いましょうね」
敦彦が黒木にナイフを振り上げ、黒木が「いやだぁあああああ」と叫んだとき、桜子が
「違うんです!」
と絶叫した。
「桜子さん…」都が桜子を見る。敦彦も桜子の悲鳴に近い声に思わず向き直る。
「あの時優那さんに敦彦様に本当の気持ちを伝えるように言ったのは私なんです…敦彦様が優那さんの事を思いやっていたのを知っていたから。優那さんは二見さんや敦彦さんが思っていた完璧な人じゃありません。一人の女の子として、この屋敷の二見さんみたいに絶望していた。でも敦彦様が優しかったから、本当の自分の運命を決める力を取り戻せたんです」
桜子は涙をぽろぽろ流した。敦彦の顔が驚愕に震え、目が見開かれた。その表情から狂気は抜けていた。悪魔に抱かれて黒木とどこかへ行こうとしていた敦彦は、この時桜子の涙に引き戻されていた。
「優那さんは敦彦さんが自分を本当に愛していたことを知っていたから、本当の気持ちを正面から話すことにしたんです。敦彦さんが大切だったから。大切な人の一人だから」
「だからそのビデオの事だけは優那さんは訴えなかったんだ」
都は言った。
「優那さんはあの恐怖の中で敦彦さんの優しさ…優那を尊重してくれる強さに救われていたんだね。そして二見守さんと一緒に夢を追いかける短くても大切な時間を作った…」
「じゃぁ、先輩が言っていた『愛してくれた大切な人』って過去形だったのは」
千尋の目から涙がボロボロ出ていく。二見守も優那との短くとも大切な一緒にいた時間を思い出し、体を震わせた。
 紫藤敦彦は茫然としていた。都はその手にしたナイフを掴んだ。そして敦彦に優しい笑顔で言った。
「紫藤敦彦さんは優那さんの恋の相手ではなかったけど、大切な人だったのは間違いありません。ですからその大切な人を、殺さないであげてください」
 敦彦の手からナイフがするっと抜けて、都の手に渡った。敦彦の目から涙が流れ落ち、その瞳には都のいる位置に秋山優那がいた。敦彦は都の肩を持ち、放心状態で崩れ落ちた黒木をよそに「優那、優那ぁあああああああああ」と縋り付いて号泣した。子供の様な絶叫を二見も千尋も桜子、杉島も結城もただ見つめるしかなかった。
 敦彦の絶叫はリビングと朝日が差したダム湖に悲しく響き渡った。

 

 朝になり、対岸の道路でパトカーに長川警部の先導で手錠をかけられた紫藤敦彦は連行された。ふとパトカーの傍に立っていた瑠奈と勝馬の前で、敦彦は立ち止った。
「君は僕が最初に殺人を犯したお寺で、僕を見てしまった子だね」
瑠奈は驚いたように敦彦を見る。
「僕に殺された人を助けようとしてくれたらしいね…ありがとう…」
穏やかな顔で敦彦はそういうとパトカーに乗り込み、パトカーは発車した。
 その様子を杉島は茫然と見ていた。その横には結城と江崎弁護士が立っている。
「彼は僕も殺すつもりだったのでしょうか」杉島は言った。
「さぁな」結城は白い息を吐く。
「でもあいつは知っていたんじゃないかって気がする。杉島さんが心から悔やんで償おうとしている事を」
杉島は結城の言葉に声を震わせ目を押さえた。
「一生…背負っていきます…」
一方で米原桜子はぼーっと雪の上で体育すわりをしていた。その横に島都と薮原千尋がいる。
「桜子さんのおかげで、敦彦さんは生きて償うことが出来るんだよ」
都は言ったが、桜子は寂し気に前を見ているだけだった。その時、後ろから二見守が声をかけた。
「あの…米原さん…優那の事を教えてくれませんか…」
二見守の言葉に桜子は優しく振り返った。「喜んで」
 その様子を見て、都と千尋は笑顔でほほ笑み合った。

おわり