少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

劇場版少女探偵島都5 電脳湖畔殺人事件File❹

7-8

 

 


7

【事件関係者】
紫藤公義(66):紫藤出版社長。
・紫藤敦彦(32):紫藤出版専務。実質的にニート
・紫藤恒彦(35):紫藤出版副社長。
・黒木秀己(47):作家。
・有川高姫(34):茨城県議。
・杉島進(26):無職。
・江崎幾司(70)弁護士。
米原桜子(23):紫藤家家政婦。
・二見守(20):紫藤恒彦の秘書。

 廊下に出た有川高姫は「何を見ているのよ、ここは女子トイレよ」と杉島進にガンを飛ばすと階段に向かって歩いて行った。有川高姫はある人物と階段で待ち合わせしていた。彼女は緊張していた。

 黒い影は手を震わせていた。これから第二の殺人をこの手で引き起こす。第一の殺人は紫藤敦彦がかぶってくれるはずだったが、あの高校生2人のせいで橋の落橋事件ではあの男にアリバイが出来てしまった。だが自分には第一の事件で完璧なアリバイがある。このアリバイはあの妙に頭の切れる高校生も崩せるわけがない。そしてこの完璧な心理トリックで第二の殺人事件で黒い影に完璧なアリバイが手に入るわけだ。黒い影は有川高姫の部屋にあった第一の殺人の凶器となった日本刀を手にした。
 殺意に手が震えていく。完璧なアリバイトリックを成立させるには第二の事件でも凶器は日本刀でなければいけない。日本刀で第二の犠牲者を切り刻むしかない。黒い犯人の手が刀の鞘を握る。

 10分後の事だった。杉島は何故か女子トイレ前に突っ立っているところを結城竜に目撃された。
「何をやっているんですか」
杉島に結城が問いかけると杉島は一瞬びくっとしてぎょろりとした目で結城を見ながら廊下を走り去る。結城は嫌な予感がして女子トイレの扉を開けた。
 紫藤敦彦が薮原千尋にのしかかっていた。それを見た瞬間結城竜の血の気が引いた。
「お前ぇえええええ」
結城が物凄い力で紫藤敦彦の顔面を殴りつけ、紫藤敦彦は吹っ飛んでトイレの個室に叩きつけられた。
「結城君‼」
心配になってやってきた島都と米原桜子がトイレに走り込む。さらに紫藤に殴り掛かろうとする結城を桜子が羽交い絞めにして、都は千尋を抱きしめて肩をゆすった。
千尋ちゃん! 千尋ちゃん! 千尋ちゃん!」
「み、都…」
千尋はガタガタ震えて歯をカチカチ鳴らしながら、都を見上げた。
千尋ちゃん、大丈夫だから、大丈夫だから」
「都…」
千尋は突然崩れ落ちるように都に抱き着いて号泣した。
「お、お前たち知り合いなのか」
鼻から血を流してそれを押さえながら敦彦は声を震わせた。
「ああ、そうだよ。だからお前の事はまだ殴り足りないんだが」
「ひいいいいい」
敦彦は結城に圧を感じて震えあがった。
「何があったんだね」
江崎弁護士が駆けつける。
「強制性交未遂、あるいは強制猥褻ですよね。現行犯で私人逮捕。問題ありますか」
結城は言った。
「冗談じゃない。こいつはレンタル彼女になりたいって自分から言ってきたんだぞ」
敦彦は絶叫する。
「結城君の結論で間違いはないと思う。弁護なら正式に依頼してくれたまえ」
江崎は敦彦に冷たく言った。
 その時だった。
「うわぁあああああああああああああああ」
突然ダンディさもかけらもない悲鳴が聞こえ、江崎が外に出ると、血相を変えて走ってきたのは黒木秀己だった。
「どうしたんですか、黒木さん」
米原桜子がいぶかしげに聞くと、黒木は絶叫した。
「死んでるんだ。死んでるんだよ! 有川さんが…」
「なんだって?」
結城がそういった直後、敦彦は隙をつくように突然ダッシュでトイレから逃げ出した。
「くそ…家政婦さん、薮原をお願いします。都…」
「今私は千尋ちゃんといる」
千尋がぎゅっと都を掴んでいるのを見て、結城は「わかった」と頷いた。結城竜が走り出すとそれを廊下ですれ違った紫藤恒彦が呼び止めた。
「何があったんです」
恒彦に問われ結城竜は答えた。
「有川高姫さんが殺されたんです」
「なんだと!」

 有川高姫の死体は階段途中で逆さまに落ちるようにすさまじい形相で倒れていた。日本刀でズタズタに体を滅多切りにされ、あたり一面指が飛び散っている。
「酷い死にざまだ」
階段は血の海になっていた。頭は何度も切りつけられている。結城も思わず口を押えた。
「凶器はこいつか」
日本刀が血に染まって壁に突き刺さっている。
「嘘だ…嘘だ」
杉島進は神経質な声になった。そして突然崩れ落ち、そのまま床にまき散らす。
「そんな…なんでまた有川が殺されるんだ…」
黒木秀己が声を震わせた。
「それはあんたがよくわかってるんじゃねえか」
結城は黒木の方を見つめた。
「あんたらが、一人の少女劇団員を死に追いやった事件の復讐…そうとしか考えられないだろ。殺されたメンツを考えたら…」
「じゃぁ、橋を落としたのは」
杉島進が立ち上がった。
「2年前秋山優那さん殺害の際に共犯的な立ち位置でありながら罪に問われなかった人間を、ここで皆殺しにするためですよ」
結城は言った。
「お前はいったい何者なんだ」
黒木秀己が眼鏡の奥で目を怯えさせていた。
「薮原千尋って女の子。彼女が俺のクラスメイトでな。彼女がその柱の後ろで震えている」
結城は物凄い眼光で紫藤敦彦を見た。紫藤敦彦は「ひ」と柱に隠れる。
「こいつと駅前で歩いているのを見てパパ活じゃないかと思ってついてきたんだ。そしたらいろいろと訳アリみたいでな。ちょっと薮原との関係は隠させてもらった」
結城の説明を聞いて黒木秀己は首を振った。
「冗談じゃない。私は別に彼女を誹謗中傷していない。事実に基づいて批判しただけだ」
「彼女の個人情報拡散したり、統合失調症患者にいろいろTwitterで吹聴した事とかか」
結城は呆れたように言った。
「そうなると…動機的には二見さん…あなたが真っ先に容疑者となりますね」
江崎弁護士が二見を見る。二見は下を向いてブツブツ何かを呟いていた。
「貴方は恋人を死に追いやった人間に賠償金の代わりにこき使われている…それで殺意を感じたんじゃないかのう…」
「私がやりました」
二見はぼそぼそと言った。
「私が有川さまを殺したんです」
「何を言っているんですか?」
杉島進が声を震わせた。「貴方はあのダイニングキッチンにずっと一緒にいたでしょう。3つの事件で貴方唯一人に全てアリバイがあるんですよ。貴方に犯行が可能ならばどんなトリックを使ったというのですか」
「私がやりました、私がやりました」
壊れた人形のように話す二見。結城はため息をついた。
「二見さん、あんたにはアリバイがある。他にこの事件でアリバイがあるのは…」
「わしはずっとリビングにおったぞ。寝ておったから部屋からは一歩も出ていないはずじゃ」と江崎は落ち着いて飄々と答える。
「僕は今回はアリバイはありませんね。トイレに行ってましたから」と杉島。
「そういえばあんた女子トイレの前で何をやっていたんだ」
結城がいぶかしげに聞く。杉島進は「男子トイレが見つからなかったものですから」と少し言葉が上ずった。
「別に僕は薮原さんには何もしてませんよ」
「僕にもアリバイがあるぞ」紫藤敦彦は声を震わせた。
「だって、僕は…みんなも知っているだろ、都ちゃん、結城君」
「ええ、知っています!」
原千尋米原桜子に肩を抱かれながら声を上げた。
「だって私はこの人に襲われたんですから」
「え」
まだ結城に殴られて鼻を腫らしている紫藤敦彦はショックのあまり半笑いになった。まさか薮原千尋が本当に告発するとは、権力を使って人を虐げてきたこの男にはわからなかったのだろう。
「この人は私の先輩と権力を使って無理やり結婚して、先輩が自分の人生を生きる決意をしたら、自分の思い通りになってくれない口惜しさから、デマや殺害予告や誹謗中傷とか酷い事を繰り返し、殺人まで煽って先輩を死に追いやったんです!」
原千尋に告発されて、紫藤敦彦は真っ青になった。
「そして私はトイレでこの人に襲われました。胸を触られてスカートにも手を入れられました」
その様子を二見はぼーっと目で見ていた。かすかに二見の瞳に光が戻った気が結城にはした。
「へへへへ、そうだよ。何が悪いんだ。それの」
紫藤敦彦のその時の醜悪な顔は結城の脳裏に焼き付くものだった。
「女は僕みたいな力のある偉い男が支配して何が悪いんだ。女の子の人権人権というから、この日本は少子高齢化になったんだ。へへへへ。女の子は僕みたいな強い男の精子を欲しがるもんなんだ。体が本能がそれを求めるもんなんだ。それを人権やフェミニズムだなんていうから、この文明は今存続危機まで陥っているんだ。ひひひひひ」
紫藤敦彦は薮原千尋の前に進み出た。千尋の震えが強くなったので島都がその間に入って物凄い目つきで紫藤敦彦を見つめた。
千尋ちゃん…君の体も本当は気持ちよかったんだろう。反応していたよ。イヒヒヒ」
その次の瞬間だった。紫藤敦彦は見事に吹っ飛んでいった。二見守が敦彦を殴りつけたのだ。
「二見さん…」
千尋を守るようにして二見守は立っていた。
「お前ぇ」
紫藤敦彦は顔を真っ赤にして立った。
「お前みたいな下流国民。パパの権力でどうにでも出来るんだぞ」
「そのパパは風呂場でグロ肉になっていただろ」結城に言われ、敦彦は「ヒイイッ」と豚みたいな声を出す。
「それに、お前も殺される側だ。死にたくなければ大人しくしている事だ。お風呂に浮かんでいる物体や、この階段のグロ死体になりたいなら、暴れてもいいが」
「いやだぁああああ、僕は悪くないっ」
敦彦は子供のように頭を抱えた。千尋は肩で息をしている二見守を見た。二見守はちょっとバツが悪そうに千尋から目をそむけたが、千尋の顔にぱっと笑顔がともった。
「こいつのアリバイは残念だが成立だな」
子供のように大げさに蹲る変態糞野郎を前に、結城は都に言った。
「うん、千尋ちゃんによれば、トイレで千尋ちゃんを脅したのは有川さんとこのデブ。そして有川はトイレを出る時までは生きていたわけだから、100%アリバイは成立するよ」
「黒木さん、あんたはさっきまで何をやっていたんだ。第一発見者みたいだが」
結城に聞かれ、黒木は顔を振った。
「私は部屋で休んで…トイレに行こうとしてそれで死体を見つけたんだ」
黒木の声をふるえていた。
「だが私には社長が殺された事件で完璧なアリバイが」
「わあった」結城はなだめる。
「私もアリバイはないです。ベッドメイキングとかやっていましたし。あの、結城君、私を疑ってないわよね。わ、全部の事件でアリバイないから」
米原桜子。
「日本刀であそこまで人間ズタボロにするのは女性の力じゃ無理ですよ」
結城は言った。そして彼は全員を見回した。
「家政婦さん、および他の皆さん。この階段でいつくらい死体が転がっていたかわかります? この階段はかなり人通るのでそんなに長く犯行時間は経っていないと思いますが」
「私、15分くらい前にここを通りましたけど、し、死体はなかったです」
桜子がおっかなびっくり声をあげる。
「って事は犯行時刻は15分以内か」
 その時、ふと都は声を上げた。
「ねぇ、結城君。紫藤恒彦さんはどこへ行ったのかな」

「紫藤恒彦…?」
結城がいぶかし気に見ていた。
「確か、あの日本刀を部屋に保管していたのは恒彦さんだったよのう」
江崎弁護士が全員を見回した。
「まさか恒彦さんが?」
米原桜子が声を震わせると、都は「とにかく探そう」と結城に頷いた。結城も頷き返して、
「それじゃぁ、全員リビングに集まってください。二見さん」
結城は言った。
「薮原を任せていいか。あいつはお前のことが心配でここまで来たんだから」
「わかりました」
二見は頷いた。その目には決意がみなぎった。そして真っすぐ千尋を見た。
千尋さんは僕が守ります」先輩の彼氏が前の様な真っすぐさを取りもどしてくれた事に千尋は目の涙をぬぐって「ちゃんと守ってくださいよ」と言った。
「家政婦さんは俺たちと一緒に来てくれ。紫藤恒彦の行方を探さないといけないので」と結城の指示に、
「わかった」
桜子は頷いた。
「何でこんなガキに仕切られるんだ」
黒木は声を上ずらせた。
「いや、合理的な判断だと思いますけどね」杉島進は言った。
「あの少女、場慣れしていますよ。貴方の命を守るには一番合理的だ」
杉島は不気味に笑った。
「死にたくない。僕から離れないでくれぇ」敦彦はうだうだ泣きながら、江崎弁護士に促された。
「都…本当にこの事件、犯人の目的は優那さんの復讐が目的で、その標的と考えられる連中の中に紛れ込んでいるのか?」
「その可能性は極めて高いよ」
都は言った。
「そして、その目星は大体ついている」
「なんだと!」
結城は声を上げた。
「でもその人には完璧なアリバイがあるんだよ。そのトリックを早く見つけないと、この悲しい殺人の犠牲者がまだまだ出る事になっちゃう」
都は言った。

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「あと2人だ」
黒い犯人は3人の命を絶った手を見つめた。
「あと2人死ななければいけない…」
黒い犯人は暗闇の中で目を光らせた。
「優那…怖かっただろう…もう大丈夫だよ…あと2人…必ず仇を取ってあげるから…」

「紫藤恒彦さん、どこですか」
お便所の便器のふたを開けて都は言った。
「こんなところに隠れるわけないだろ、花子さんじゃあるまいし」
「バラバラ死体になっていたらあり得るかもしれないよ」
都に言われて、結城は「怖い事言うなよ天然少女」と突っ込んだ。
「ねぇ、家政婦さん」
結城は言った。
「あんたは凄くまともそうな方ですよね。上から目線で申し訳ないですけど。あんな奴らの別荘で働くのって辛くはないですか?」
「ああ…辛いですけど…でも私偶然職場で3件も殺人事件に遭遇しちゃって」
米原桜子は苦笑した。
「それで仕方なく。殺人事件に何度も遭遇する人が君たち学生ならまだいいけど、家政婦としては結構致命的なんですよ」
「確かに、死を呼ぶ家政婦とか言われそうですね」
結城は頭をかいた。考えた事もなかった。運悪く殺人事件に何度も遭遇する人間が事件を解決する名探偵か高校生なら気楽だが、それが原因で苦しむ人だっているって事も。
「でもあなたたちなら事件を解決してくれるって信じてるよ。前の事件でも君たちにそっくりな凸凹探偵がいたから。それも君たちくらいの年齢のね。でも茨城にもあの子たちみたいな高校生探偵がいたなんてね」
桜子はにっこり笑った。
「この事件は、秋山優那さんの復讐なの?」
「友達の警部さんからの情報だと、そうらしいんだよ」
都は言った。
「動機として一番可能性があるのは二見さんだけど、彼には2つの殺人事件で完璧なアリバイがある。それに犯人は優那さんを死に追いやった人間に紛れ込んで成り代わっているって話もあるんだけれど…その場合、優那さんを殺害した殺人の実行犯杉島進さん。千尋ちゃんを襲ったデブ、そして作家の黒木秀己さん。そして今行方不明でさっき部屋にもいなかった紫藤恒彦さんの4人の中にいる事になるけど。全員身内同士だったり、テレビやネットで顔を売っている人だったりで殺して成りすます事は多分できないと思うんだよね。例え変装したとしても」
「でも過去のツイートの内容と今実際にあった人物像としておかしな点がある人間はいるんだろ」
「一応ね」
都は言った。
「でもその人がどうやって実在の人物に成り代わっているのか…それが全然わからないんだよ。多分岩本君でも」
「あの殺人鬼…でもか」
結城はため息をついた。
 その時だった。都の携帯電話が鳴った。
「あ、長川警部」
都がスマホに向かってしゃべる。
―どうだ、都。結城君や薮原さんは無事か。
「いろいろあったけど、みんな命はあるよ。だけど今度は有川高姫さんが殺された。ごめんね」
―そうか…。
長川は静かに返事をした。
「それと吊り橋が落っこちちゃったから、雪が収まっても迎えはヘリコプターかボートだよね。犯人が燃やしちゃったみたい。犯人はまだ殺人劇を続けるつもりだから、今はいろいろ情報が欲しいんだけど。何か他にわかった?」
都に聞かれて長川は休憩所でため息をついた。休憩所では高野瑠奈と北谷勝馬が畳の上で寝袋ですやすや寝ている。勝馬の響きがうるさい。
「ネットでみんなで調べたんだが。まず江崎弁護士だが、この人は結構有名な弁護士だぞ。凶悪犯罪者や貧困者も分け隔てなく弁護を引き受ける人権派弁護士って奴だ。杉島進の弁護を引き受け心神喪失勝ち取って不起訴処分にまで持っていったときは、当時は頭のおかしなネトウヨには神扱いされていたが、政治思想が左の人間だとされるとバッシングされるようになる。あと結構当時マスコミにも追い回されて、顔も名前も出ているから少なくとも変装は不可能に近い高度な技術が必要だ」
―ありがたや。他には?
都が聞いた。
「あの杉島進だが、あいつは不起訴になって措置入院から退院した後、何度も何度もあの界隈の劇団前で自分が殺してしまった優那さんに花を手向けて、土下座してむせび泣きながら謝っていたらしい。劇団員が目撃しているよ」
―うそ!
これは都も驚いた情報だった。長川は手ごたえを感じるように「聞き込みで判明した事だ」と付け加えた。
「彼は被害者的な一面もあってな。統合失調症のきっかけは就職活動で、彼自身は自分が統失だって自覚していたらしくて、ちゃんと医者にかかって寛解しようと頑張っていたらしいんだ。ところが彼の両親が…特に母親が彼の統合失調症を認めなかったんだ。就職活動で遅れてはいけないと思ったのか世間体かはわからんが、とにかく息子が統失だっていう現実から目を背けて、医者とのかかわりをシャットダウンしちまったらしい。時々いるみたいだ、そうやって患者の寛解を妨げる親が」
長川はため息をついた。
「そうやって彼は医者とのかかわりを絶たれ、よくわからん自己啓発セミナーを受けさせられてそこで出会ってしまったのが紫藤公義…彼にいろいろ優那さんの悪口や個人情報を流して、さらに黒木や有川…そして紫藤恒彦、敦彦兄弟によって殺害を煽り立てられた結果、彼は妄想に支配されるままに優那さんを殺してしまった。彼の両親は今ネトウヨ会で祭り上げられて、寄付とかも貰っているらしい」
―寄付ってなんだよ、寄付って。
結城君の声が多分スピーカーモードになった都の携帯の後ろから聞こえる。
「文字通りの寄付だよ」
長川警部はため息をついた。
「ドローン少年事件の時もそうだったんだが、親が必死で止めようとしているのにパソコンを買い与えて、犯罪行為を煽り立てて少年や精神疾患者を煽り立てて自分の手を汚さずに人を傷つけたり悪いことをさせて楽しむ馬鹿な小金持ちがいっぱいいるんだよ。そいつらは決して表には出ないが、秋山優那さんの事件の時も誹謗中傷をするように他人を煽り立てたり、それで裁判沙汰になれば秋山優那さんが必死でアルバイトしてお金を溜めたりしてようやく弁護士を雇った時に、被告となる奴に弁護士を用意したりして、そうやって苦しめて喜ぶ大人がネットにはいるって事だ。普通の市民のふりをした大人がな」
長川は言った。
―”囲い”って奴か。
結城の声に女警部は「そう」と声を出した。
―その中であの紫藤公義や紫藤敦彦、紫藤恒彦はどんな役割を果たしていたの?
都が聞いた。
―敦彦が優那さんを無理やり奥さんにしていたらしいって話は聞いたけど。
「優那さんが育ったのは南茨城市の孤児院でな。高野さんが秋菜ちゃんに頼んで聞いてくれたよ。秋菜ちゃん、あの児童養護施設に一時期いただろう」
―あの養護施設か。
結城竜は驚いた声を上げた。

 中学2年生で結城の妹の結城秋菜は夜遅くに高野瑠奈の両親の車に乗せられて養護施設に向かった。
「ありがとうございました」
秋菜は瑠奈の父親にお礼を言うと孤児院の院長の待つ養護施設玄関に向かった。
 寮母は秋菜を歓迎してくれていろいろ話してくれた。
「優那ちゃんは、本当に優しい子でね。この施設をタンポポみたいに明るくしてくれる子だった。そんなあの子を私たちは裏切ったのよ」
「裏切った? どういう事、先生」
「施設の子で里親や養親が見つからない子は、社会に出てとても苦労するの。保証人がいないからアパートも借りられず、住み込みの仕事で搾取されても助けてくれる大人は誰もいない。ブラック企業に囲い込まれるかネットカフェ難民やホームレス、風俗で働く子もいるわ。私たちが保証人になってあげてもいいんだけど、そういう事をするなって行政に言われてて…そうしないと補助金を出さないって…そんな時、保証人になってくれると言ってくれたのが、紫藤出版。紫藤出版社はあの子、本当にかわいくて太陽みたいな、将来は演劇の仕事に就きたいと思っていたあの子と、紫藤敦彦と結婚させてほしいと言ってきたの。理由は紫藤敦彦は引きこもりでそのうえ独身だと世間体が悪いからみたい…」
「そんな…それじゃぁ人身売買じゃないですか」
「でもあの子は施設の子の窮状がわかってて、それを受け入れてくれたの」

 3年前16歳の秋山優那は優しい笑顔で涎を垂らして寝ている子供たちにタオルケットをかけてあげながら笑顔で言った。
「いいよ。先生! 私紫藤敦彦さんって人の妻になる」
「何言ってるの。貴方には二見君っていう彼氏がいるじゃない。あの子と一緒に夢を追いかけなさいよ」
「駄目だよ…私だけ夢を見ちゃ。この子たちも家族だよ。家族が不幸になって私だけ夢を追いかけるなんて…そんなの駄目だよ」

「今思えば絶対止めるべきだったわ!」
寮母は顔を覆ってテーブルに身を倒した。
「あの子はあの蛇のような紫藤敦彦に狙われて、酷い事をされて、耐えられなくなって逃げだしたら誹謗中傷されて…耐えられなくなって逃げだしたら日本中から攻撃されて…。今あの子を苦しめて死に追いやった人間が殺されているんでしょう。犯人に本当は殺されなければいけないのは私なの…。私はあの男に優那ちゃんを売り渡して、あの子が誹謗中傷されて苦しんでいるのに子供たちの為とか言って助けようともせずに、中国人の娘とか韓国人の娘とか言われている事をいいことに、何もしなかったの」
秋菜は寮母の罪悪感に苦悶する表情を見て何も言えなかった。