少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

業火の亡霊3

業火の亡霊【解決編】
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 2年前の少女陵辱拉致事件は、その少女を自殺に追いやった。
 そして、被害者家族にも加害者家族にも被害者の職場の関係者にも、人生をめちゃくちゃにするほどの十字架を背負わせた。
 だが、加害者本人は2年で出所し、全く反省などしていなかった。
 そんな加害者、鬼頭空弥が自宅で殺害され、彼の部屋は放火された。
 その捜査を行うことになった長川警部。だけど私が導き出した推理は、長川警部に取って残酷な真実だった。

■容疑者
佐藤祐市(49):会社員。自殺した佐藤加奈恵の父親。
・佐藤登美子(47):パート。加奈恵の母親。
・鬼頭伸郎(53):会社役員。空也の父親。
・鬼頭静子(51):専業主婦。空弥の母親。
・鬼頭空弥(27):無職。
・鬼頭麻純(17):空弥の妹。JKビジネス。
・花祭淳二(50):知的障害者雇用工場社長。
・花祭冬弥(26):淳二の長男。人事担当。

「全ての謎は解けた」
長川警部は言った。
「2年前に強姦され、自殺に追い込まれた佐藤加奈恵さんの復讐のために、今回の殺人を犯した犯人は・・・お前だ!」

5

「犯人はお前だ!」
倉庫の電気がつけられ、犯人の正体が明らかになった。だがその正体はその場にいた事件関係者全員を驚愕されるものだった。
「鬼頭空弥! お前がこの殺人事件の犯人だよ!」
長川に指摘され、鬼頭空弥はタラコ唇を驚愕に噛み締め、真っ青になって長川を見た。
「く、、空弥・・・」
鬼頭静子が絶叫をあげる。
「なんで空弥が・・・・・」
「ゆ、夢なのか・・・」
鬼頭伸郎が目を見開いて、声をかすれさせる。
「いいえ、この人は正真正銘の空弥さんです。火をつけた時間とかそういうアリバイなんて関係ない・・・彼が自分の部屋で殺人を行い、それを自分に見せかけるために火をつけたんです」
島都は空弥に近づいた。
「待ってくれ・・・・」
佐藤祐市は都に震える声で言った。
「あの死体はじゃぁ・・・・誰だったんだ・・・」
「行方不明になっていた花祭冬弥さんだよ」
都は言った。
「待って!」
鬼頭麻純が信じられないという表情で言った。
「警部さん言っていたわ。DNA鑑定の結果、あの遺体はお兄ちゃんで間違いないって・・・・警察が保有するサンプルだし間違いはないって言ってた。なのになんであの遺体が花祭さんのものなのよ!」
「簡単なことなんだよ。警察がDNAサンプルを取り違えていた・・・・それだけなんだよ」
都は長川警部を見た。長川警部は頷いた。
「私がその可能性に気がついたのは、佐藤さんのお父さんの発言だったんだよ。お父さんはこういうことを言っていたよね。空弥さんは加奈恵さんを強姦するとき、服を着ればわからないように加奈恵さんを陵辱していたって・・・でも考えてみれば変だったんだよ。だって加奈恵さんを拉致監禁して何日も一緒にいれば、服を着て隠す必要もないし、監禁がバレた時点で何の意味もない工作なんだよ。現に空弥さんは拉致監禁で逮捕されて2年間の実刑を受けている。知的障害者という理由で強姦は無罪になるという自信があるとすれば、尚更陵辱の痕跡を服で隠せるようにするわけがない。つまり、こう考えることもできたんだよ。監禁した人間は確かに空弥さんだとしても、陵辱した犯人は別人じゃないかって。その人物について確信を持ったのは工場の花祭社長の発言。あの時社長は私の前で、空弥さんが軽い罪でしか裁かれていないって話のはずなのに『また冤罪』って言葉を使ったんだよ」

―加奈恵の尊厳を傷つける形であの鬼頭を軽い罪にした警察が真実だと!? その言葉なんて信じられるか・・・・今回だって冬弥を冤罪にするつもりなんだ・・・・もう警察なんて信じられるか・・・・散々理解者のフリしやがって・・・お前も知的障害者を助けるやつなんて、碌でもない犯罪者だと思っているんだろう!

「社長が何気なく言ってしまった言葉から、私は確信したんだよ。前に冤罪事件ってあったんじゃないかって・・・そう、空弥さんが加奈恵さんをレイプした事実・・・・あれは冤罪じゃないかって事なんだよ・・・そしてそれを冤罪だと社長が知っていたのは、他でもない・・・・・犯人が息子の花祭冬弥だからだよ!」
「その事実は証明されているよ」
長川は言った。
「結城君のハンカチの花祭社長の涙からDNAを抽出、それを前の事件で警察に保管されていた、加奈恵さんの体内のDNAと照合したら、親子関係であることを証明した。その事実をもとに花祭淳二を任意で追求したら、全てゲロったよ。知的障害者従業員の女性を強姦していたこと、男の従業員は暴力で支配し、賃金を一切払わずに強制労働させていたこと、拷問に等しい虐待と長時間労働で死者も出していたこと・・・・。監禁されていた被害者もさっき救出したし、花祭親子が女性従業員の障害者を陵辱している動画ファイルも押収、お前が殺そうとしていた花祭淳二は逮捕されたよ!」
鬼頭空弥は長川を青ざめた顔で見ていた。
「鬼頭・・・・本当にお前はやってないのか? 私の娘に何もしていないのか?」
佐藤祐市は震える声で聞いた。
 鬼頭空弥はそれに答えることなく、ガクガク震えながら下を見た。
「でもなんでだ・・・なんで花祭の息子さんのDNAが息子と取り違えられていたんだ」
鬼頭伸郎が聞く。
「杜撰だったからだよ」
都は言った。
「2年前の事件で被害者だった加奈恵さんが知的障害だったという理由で、警察は強姦での立件は無意味だと思っていた。だから加奈恵さんの体から供出されたDNAを空弥さん本人のものと照合することをめんどくさがって、そのまま空弥さんのものとして保管しちゃったんだよ。それが今回の事件でサンプルとして利用したものだから、警察は真犯人の冬弥さんの死体を空弥さんのものだと鑑定してしまったんだよ!」
「そ、そんな・・・」
鬼頭登美子が悲鳴に近い声を上げる。
「空弥さんはそれを自分が受けた裁判の論点などから確信し、今回のトリックに利用したんだよ」
都は空弥に近づいた。
「私のストーカーさんになったのも、計画の一部だったんだよね」
空弥は俯いたままだった。
「あのストーカーには2つの意味があったんだよ。第一にこの事件に長川警部を介入させること。これがこの復讐計画の一部だったんだよ。長川警部に知り合いの女の子が撮影された写真がいっぱい貼ってある部屋を見せつければ、加奈恵さんを知っている長川警部は怒りを感じて、『この人は絶対反省していない』と思うよね。そうすれば花祭冬弥が自分を殺して火をつけたって思わせることが出来る。そしてもう一つ、これが最大の理由なんだろうけど」
都は空弥に言った。
「空弥さんは自分と家族と長川警部を対面させたかったんだよ。空弥さんの家族は息子を持て余し、憎み、疲れきっていた。その様子を見せることで、長川警部はこう考えたんだよ。『鬼頭空弥の家族も殺人の容疑者だ』って。だから長川警部は家族から空弥さんのDNAを供出させずに、警察署のサンプルを利用する選択をしたんだよ。空弥さんの読み通りにね・・・・」
「全ては花祭淳二を殺すためだったんだな」
長川は言った。
「花祭は従業員を暴力で制圧するためにチンピラを雇っていたようだし、そいつが取り巻いている状態では返り討ちにされる可能性は高い。だが息子の冬弥が空弥を殺してしまったのならば話は別だ。冬弥が警察に捕まってしまえばすべての悪行が白日にさらされる。それを防ぐためには何としてでも冬弥を警察より前に始末しなくちゃいけない。冬弥から呼び出しのメールが届けば、花祭淳二は絶対に一人で来るっていう確信が、空弥・・・お前にはあったわけだ・・・」
「そうやって、加奈恵ちゃんの友達をこの工場から助けてあげたかったんだよね」
都は笑顔で言った。
「でも、もう社長も逮捕されたし、警察の間違いも含めて全部が証拠として揃っているんだよ・・・・だから・・・・空弥さんの勝ちだよ」
「違う・・・・」
空弥は言った。
「僕は勝ってなんかいない・・・・加奈恵を・・・加奈恵を助けてあげられなかったんだ!」
空弥が目から涙を流しながら絶叫した。2年間の全ての思いを吐き出すように・・・。
「空弥さん」
都は言った。
「空弥さんは、加奈恵さんを助けようとしていたんだよね・・・」

6

「お父さんから聞いたよ。会社を辞めるとき300万円払わされたって。会社を辞めるだけでお金を請求されるなんてよっぽどのことがないとありえないし、ましてや300万円なんてありえないって長川警部から聞いたよ。空弥さんはワガママで辞めたんじゃなかった。酷い会社で全部壊されてしまったんじゃないかな」
都の声に、空弥は頷いた。
「僕は何をやってもダメな男なんだ。だから中学高校、働いてからもいじめられて・・・・父さんや母さんは『病気だから』って僕を守ってくれたし、麻純だって庇ってくれた・・・。でも本当は家族を助けたかった・・・。でも外に出るたびに怖くて動けなくて、悪口が周囲から聞こえてきて、殴る蹴るの痛みが蘇ってきて・・・・体が動かなくて・・・・公園で倒れ込んでいた僕を助けてくれたのが加奈恵だった」
空弥は目を抑えて笑った。
「おかしいよね・・・加奈恵が僕を引き起こしてくれて抱っこしてくれただけなのに、僕を取り巻いていた悪口が消えたんだ。それ以来僕は加奈恵と公園で出会うようになった。加奈恵は言葉をうまくしゃべれなかったが、それでも笑顔が素敵で、本当に何をするわけでもなかったのに、公園で2人でボーッとしているだけだったのに、とても楽しかったんだ。おかげで僕は少しでも外に出られるようになった。アルバイトを探す努力も出来るようにはなっていたんだ。面接でいつも落とされてしまうんだけどね・・・・。でも4月になって、あの子は公園に来なくなった。多分就職とかしたんだろう・・・。寂しかったけど、僕も少しずつ努力をしようって思っていた」
「空弥」
鬼頭静子が口元を押さえて涙を流した。
「それが6月になって、梅雨の季節だった。僕は公園の遊具の下で泥だらけになっている加奈恵を見つけたんだ。あの子は体を震わせていた。すぐに留守だった僕の家に連れて行ってシャワーを浴びせた。でも風呂場の水も怖がって悲鳴を上げて、裸で浴室から飛び出してきてすがりついてきたんだ。その時の体を見て、彼女が何をされたかすぐにわかったよ。僕は自分の離れに加奈恵を連れて行った。あの子は言葉を喋れなかったけど、僕にはわかった。あの子は職場で虐待されていた。そして連れ戻しを異常に恐れていたんだ」
「その時にどうして警察に届けなかったんだ」
長川が信じられないという声で聞くと、
「そんな事お兄ちゃんが出来るわけないでしょう!」
と鬼頭麻純が絶叫した。
「お兄ちゃんは職場で同じように虐待されたのよ。殴られたり蹴られたり給料なし休みなしで働かされ、上司の家の家政婦みたいな仕事までさせられた上に、上司に殴る蹴るお風呂に沈められる被害に遭っていたんだから・・・。お兄ちゃん交番に助けを求めても、連れ戻しに来た上司たちに警察官はお兄ちゃんを引き渡したわ! 『職場内での事は弁護士に相談の上で労働基準監督局に』って言ってね! 結局お父さんは大金を払って会社をやめさせるしかなかった」
「鬼頭・・・・さん・・・・あなたは・・・・」
頭を抱える空弥に佐藤登美子が語りかけた。
「加奈恵さんを助けようとしたんだよね」
都に言われ、空弥は頷いた。
「誰にも言わないで僕の部屋に匿うしかなかったんだ! 誰かに加奈恵がここにいる事がバレたら、加奈恵は強大な暴力によって連れて行かれてしまう・・・でも、結局僕は愚かだった。結局近所の人に通報されて、長川警部・・・あんたに僕は逮捕されたんだ!」
空弥は長川を睨みつけた。
「僕が監禁で逮捕されるのは仕方が無かった。でも僕は強姦罪でちゃんと捜査して欲しかった。加奈恵を酷い目に合わせた人間がいるって・・・・。でも刑事は信じてくれなかった。俺の言い訳だって言って、DNAサンプルも調べようともしなかった・・・・。そのせいで加奈恵はあの花祭の地獄に連れ戻されて、殺されてしまったんだよ!」
空弥は絶叫した。

「僕はやっていない!」
刑務所の面会室で空弥は家族に喚いた。
「加奈恵は別の人間に虐待されたんだ。あの子を助けてくれ!」
「うるさいぞ!」
伸郎は喚いた。
「あなたのせいで、麻純は高校を辞めさせられたわ・・・。。もう・・・限界なの・・・・お父さんもお母さんも・・・・」
静子が憎しみに満ちた目で空弥を見た。
 そして両親は空弥から目を背け、面会室から立ち去った。

「出所した僕は加奈恵を助けなければいけないって思って、片っ端から知的障害者を雇っている工場を探した・・・。すぐには見つからないと思っていたら、『かなえ 知的障害者 工場』で検索しただけで流出したファイルが引っかかったよ。そこで花祭親子が加奈恵を陵辱する動画、加奈恵の泣き顔が写りこんでいた・・・・。僕はそれを見て体が震えたよ・・・。でも必死で冷静になって、そういう趣味の愛好家のふりをして、金を払うから他に動画を見せて欲しいって頼んだんだ。そうやって住所を解析するつもりだった。でも、あの親子はメールでこう言ってきやがったんだ!」
空弥は血を吐くようにして喚いた。

―いや、すいません。実はあの子死んじゃったんですよ・・・。逃げようとしてベランダから飛び降りちゃって・・・。
でも前のならあるから見ていってくださいよ。

 VTRの加奈恵の泣き顔・・・。言葉はなくともその恐怖と苦しみが空弥にはわかった。
 空弥は頭の中が真っ白になった。彼女を自分が死なせてしまったという後悔・・・そしてその時に味わった加奈恵の苦しみ・・・・そしてこいつらが同じように加奈恵の同僚の少女たちを苦しめている現実・・・。
―コロシテヤル…アイツラニカナエトオナジクルシミトイタミヲアジアワセテ…コロシテヤル
 鬼頭空弥の顔がディスプレイの光に照らされ、醜く歪んだ。

「動画のカネを払うと言って冬弥を呼び出し、スタンガンで拉致して僕の部屋に連れて行った。そこで舌とアキレス、声帯を切って拷問し、無理やり加奈恵の両親に送ったあの手紙を書かせてから、ゆっくり解体してやったよ。あの外道を・・・殺されたのが僕だと思わせるために、大声で叫びながら・・・・」
「そしてここでその父親を殺して、そして自分も死ぬつもりだったんだよね」
都は空弥に言った。
「そうすればもう、父さんにも母さんにも麻純にも迷惑をかけずに済んだと思ったんだけどな」
「そんな事ないと思うよ・・・」
都は言った。「絶対ない」
長川は空也の両手に手錠をかけた。
「空弥・・・空弥ぁああああああああああああ」
母親の静子が絶叫する。
 だが空弥の両親も加奈恵の両親も声をかけられないまま、空弥は連行されていった。

 数日後、取調室で、長川はやせ衰えた鬼頭空弥と向かい合った。
「食事をとっていないようだな」
空弥は何も答えない。長川は小さく頷いてから話を進めた。
「君の両親と加奈恵さんの両親に警察関係者として謝罪をしてきた」
「あなたは職務を遂行しただけです。略取誘拐に関しては僕は本当にやっていたわけだから冤罪とも違う・・・」
ここで空弥は初めて喋った。長川は空弥を見た。
「でも、法を執行するうえで許されない怠慢を犯した。そのせいで警察は君の親友と君の家族の人生をめちゃくちゃにした」
長川はため息をついた。
「一番怒っていたのは、加奈恵のお母さんだった。あの子に直接話していながら、あの子を強姦魔に差し出して死なせてしまったんだからな。『どうして鬼頭空弥・・・いいえ、鬼頭さんの話を聞いてあげなかったんですか』『もう二度と来ないでください』って言われたよ」
空弥は無表情のままだったが、長川警部は続けた。
「でも一番来たのは、君の妹さんの言葉だった。『警察は一生許せないけど、私もお兄ちゃんを裏切った一人です。だから怒りません』。警察は17歳の女の子にあんなことを言わせたんだ・・・」
長川警部は空弥をもう一度見た。
「君が死んでしまっても、君の家族を救えないことはわかっているだろう・・・・」
「それでも・・・・食べることはできないんです・・・・」
空弥は呟くように言った。
「わかった・・・・。でも加奈恵さんの事でどうしても伝えたいことがあるんだ。聞くだけ聞いてくれないか・・・?」
長川は言葉を紡いだ。
「あの子、辛いはずなのに警察の為に検査を受けてくれたんだ。あの時私は『これで本当のことがわかる』って言ったら、あの子笑ったんだよ。あの時私は、自分の被害を誰かに分かってもらえて笑ったと思ったが、今は違うとわかる。あの子はあの時、君の無実をわかってもらえると思って安心したんだ。あの時の笑顔は、君が救われたのもわかる・・・素晴らしい笑顔だった」
空弥は下を向いた。
「空弥君・・・・あの子は君のためにならどんなに苦しくても笑顔になれる子だ。そんな彼女がお前が自分を傷つけ続けるのを見て、笑顔でいられると思うか?」
空弥は何も答えなかった。
「あの子のあの時の気持ちを君がもし考えるとするならば、きっともう死んでもいいなんてヤケは起こさない。私はそれを信じている」
長川はそれだけ言うと、席を立って取調室を出ていこうとした。
「長川警部・・・・」
空也は顔を両手で押さえて肩を震わせていた。
「ありがとう・・・・ございます・・・・・」

 警察署前の道路を歩きながら、長川警部は考えていた。
 警察組織は冤罪とも不祥事とも考えていないようだった。鬼頭空弥について略取誘拐罪自体は成立していたからだった。それに加えて強姦では起訴されていないわけだから記録上は冤罪にはなりえない。とにかく警察署に数週間泊まり込んでいた長川は上司から帰宅を命じられた。
 今回の不祥事は長川が主導したものではない。しかし組織の一員として長川も責任の一端をになっているのは確かだ。
 いや、それ以上自分には責任はあったのではないだろうか。長川は考える。あの時、加奈恵の気持ちを理解してあげたら・・・・彼女を陵辱したのが本当は別人かも知れないという可能性を考慮していれば・・・。あの時上司がDNAサンプルを本人と照合するという当たり前のことを上司がしているか気にかけていたら・・・。
 加奈恵は死なずに済み、空也の家族の人生も崩壊せずに済み、そして空也も重い罪で処断されることも、復讐殺人に走ることもなかった。そして加奈恵のような被害者もずっと少なく出来たはずだ。そう、警察が法の執行者として当たり前のことをしていれば・・・・。、
「長川警部」
ふと顔を見上げると、都と結城が出迎えている。
「大丈夫?」
都は聞いてきた。
「あ、大丈夫だ。まあ、鬼頭空弥に言うことは言ってきたさ。あれで生きて罪を償ってくれればいいんだが」
「大丈夫だよ」
都は笑顔で言った。
「空弥さんは、もう加奈恵さんを悲しませることはしないから・・・」
ふと長川警部は都の小さな方を両手で掴んだ。
「警部?」
都はきょとんとした顔で言った。
 長川は声を上げることはなかった。しかし都の肩を掴んだまま崩れ落ちた。
 体を震わせる長川の頭を撫でながら、都はこの女警部が教えてくれたことを絶対に忘れないと心に誓った。

おわり