少女探偵島都 2018年

2009年くらいから母親が書いていたシリーズ設定をもったいないので2018年より本格的にわいが引き継いでみました。大体1記事でアニメ1話分くらいの長さだと思ってください。コナンや金田一みたいな高校生探偵ミステリーを想定しています。

業火の亡霊1

少女探偵島都
【業火の亡霊】導入編
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1

 1年前―。ある少女が自ら命を絶った。
 その少女の死が、今回の連続殺人の引き金になった。

―こちら、アルファ・・・・現在異常なし。
「こちら、シータ。こちらも現在異状なし・・・オーバ」
夕方の住宅地で携帯電話で男達が連絡を取り合っている。
「よーし、まもなくコードネームエンジェルがそっちに到着する。散開して安全地帯を確保しろ」
黒服に黒メガネの長身の男はそう舎弟に命令すると、隣にいる小柄なショートカットの下校途中の高校1年生の美少女に得意げに笑いかけた。
「現在都さんのご自宅に不審人物は確認されていません」
「おおおおお」
島都は感動に瞳を輝かせた。
「結城君! しーくれっとさーびすだよ、しーくれっと! まとりっくすだよー」
「何がシークレットサービスだよ」
結城は皮肉交じりに、長身の男子高生北谷勝馬を見た。
「どう見たって『明後日!男塾』じゃねえか。脳みそだけが民明書房な」
「へっへっへ、さては己の役立たずさ故に嫉妬しているな」
勝馬は完全に有頂天になっている。暖簾に腕押し状態な現状に、さすがの結城竜も突っ込みあぐねていた。
「瑠奈ちん、千尋ちゃん。2人ともストーカーに狙われた時には勝馬君に頼めばいいよ」
「ぜひぜひ是非そうしてください!」
勝馬は鼻息を荒く、横に居る黒髪ロング美少女で都の幼馴染、高野瑠奈の手を握った。
「え、えええ・・・考えとく」
その横で結城の同級生の藪原千尋は一歩引いた状態で、勝馬と結城のやり取りを俯瞰していた。
「どうしたの? 千尋ちゃん・・・・」
都がどんぐり眼で千尋を覗き込む。千尋は呟くように言った。
「これ、結城君がストーカーされたら、勝馬君は結城君のシークレットサービスになるって事だよね。24時間一緒。お風呂も一緒、寝るときも・・・・・クケケケケケケケケ」
千尋の猟奇的な妄想に都は「ひぃいいいいいいいい、コワイヨォオオオオオオオオオオ」と絶叫し、瑠奈は「千尋、あなた自身がストーカーにならないでよ」と突っ込んだ。
 やがて、都のアパートに到着した。都がドアを開けようとすると、勝馬
「待ってください・・・僕が先に行って爆発物がないか確かめます」
「ねぇよ」
結城は突っ込んだ。だが、突然ドアが自動的に開き、その勢いでドアが勝馬の顔面に激突した。
「女の子の部屋に勝手に入らないでくれます?」
中学生で結城の従妹の結城秋菜がじとっとした目で勝馬と結城を見る。
「家の中では私が師匠を守りますから・・・」
空手を習っている格闘少女は男連中を威嚇するように見回してから、「師匠、瑠奈さん、千尋さん・・・どうぞ、デリカシーのない兄貴でごめんなさい」と女性陣を招き入れた。そして「フンス」と結城と廊下に伸びている勝馬に鼻息を荒く見回すと、そのままバタンとドアを閉めた。
「俺は何もしてねえよ」
結城は鼻を押さえる勝馬の横で不満げだ。アパートの階段を下りたとき、警官が2人、勝馬と結城を出迎えた。
「ご苦労、不審人物はいないよ」
「いや、いっぱい不審人物の通報があった」
「なんだって!」
勝馬が怒号をあげる。
「どこだ、ふてえやつは」
「あんたらだよ」
警官の片割れが突っ込んだ。その背後の道をバイクに乗った勝馬の舎弟4人、内一人は板倉大樹という男だ・・・・が「ひいいいいいいい」と言いながらパトカーに追われていた。
―そこのバイク止まりなさい!
「ちょっと署まで同行してくれるかな」
それを見送ったあとで警察が結城の肩に手を置いた。
「俺は何もしてねぇえええええええ」
結城は嘆き声を上げた。

「それで」
常総警察署で金髪の若手、鈴木巡査部長が結城に声をかけた。隣の取調室では
「腑抜け警察がぁあああ、俺よりもストーカー野郎を捕まえろって言うんだァああああ」
勝馬が喚いている。
「隣でわめいているのは、都ちゃんがストーカーされていて、それを守るために住宅地でウロウロしていたと」
「それは俺が証人になるよ」
殺人事件でかち合って顔なじみになった鈴木刑事に、結城はため息をついた。
「でも、都ちゃんにストーカーとはね。確かに可愛い子だとは思うが、警察は彼女が推理で事件を解決していることは基本伏せている。女子高生探偵として狙われているってことはないとは思うが、結構高校生探偵みたいなことしている全国の少年少女の情報のまとめサイトが林立するくらいには情報は流れているからな」
確かに、警察が守秘義務を守っても事件関係者はそうはいかないだろう。
「警察として、相談には乗るぞ」
鈴木は手帳にメモを取りながら言った。
「最初に都のアパートの新聞受けに手紙が入っていたんだ。『あなたが好きです』『付き合ってください』とか。そして都が通学するとき、通学路で待ち伏せして一眼レフカメラでパシャパシャやる小太りの20代の男が何度か。まあ、都はストーカーだとは思わずに、純情な気持ちで告白されたと思って、ものすごく悩んでいたみたいで、高野に相談したらしい。ホラ、あいつってそういうのって免疫無いだろう」
「確かに」
鈴木は頷いた。
「で、高野はこれはストーカーだと判断して俺に相談したってわけだ。手紙の内容も卑猥になってきていて、俺もヤバイとは思っているんだが」
「卑猥って・・・どんな」
「ブラのサイズとかオ〇ニーいつ始めたとか・・・手紙実物は後で持ってくるよ」
結城は言った。
「そりゃ、都ちゃん、怖がっているだろう」
鈴木は都に同情した。
「いや、どうも都はオ〇ニーって言葉を知らんらしい。藪原の影響で腐女子用語か何かと思っているようだ」
見た目も思考も小学生な都の「きゃはっ」という笑顔を鈴木は思い出した。結城はここまで言ってから周囲を見回した。
「こういうことは長川警部に相談したいんだが、長川警部はいないのか?」
「あの人は本庁の人だからな。いつもは水戸にいる。それに今日は非番だ」

 ある団地の一室の仏壇の中で、ひとりの少女の写真が微笑んでいた。茨城県警の長川朋美警部は静かに手を合わせた。
「あなただけですよ」
少女の父親の佐藤祐市が小さくため息をついた。
「毎日娘の様子を見に来てくれるのは」
「他の警察関係者は、娘の気持ちを全然汲み取ってくれなくて・・・」
少女の母親、佐藤登美子も無念の表情で下を向く。
「本当に月命日の度にありがとうございます・・・」
「いえ」
長川は沈痛な表情で両親を見回した。
「加奈恵ちゃんの事件・・・強姦罪で起訴できなかったわけですから、本当に無力で申し訳ありません」
そういうと長川は両親に深々と頭を下げた。
「あの男が・・・出所したんですか」
登美子が小さく呟くように言った。
「ええ、本来であれば最低6年は実刑を受けるはずだったのですが」
「なんで、強姦じゃないんです? あの男が娘を誘拐して・・・体中を傷だらけにしたのは本当なんですよ。それに体内にはDNAも残っていたのに・・・なんで警察は強姦で起訴してくれなかったんですか?」
「登美子・・・」
祐市が妻をたしなめる。
「だって・・・・あの子がかわいそうじゃない。あんな男のせいで・・・加奈恵は心に傷を負わされて・・・あんな男のせいで・・・。なのにあの男はたった2年で出所なの? ねえ」
登美子が泣き乱しながら、祐市の肩を揺り動かす。
「すいません、警部さん。妻を落ち着かせたいので帰っていただけませんか?」
祐市の声には警察への不信感がにじみ出ていた。
 長川は両親に一礼して、部屋を辞退した。

 事件は2年前に発生した。当時15歳の包装工場職員の少女佐藤加奈恵が、近隣に住む25歳のニートの男に誘拐された。自宅に拉致された加奈恵はそこで陵辱を受け続けた。職場の通報で警察が男のアパートを訪問し、加奈恵は保護された。しかし検察も警察も強姦での立件には消極的だった。
 それは被害者が知的障害者だったからだ。法廷での証言は得られない、得られても認められにくい。そういうこともあって警察も検察も強姦に関しては不起訴とした。結局加害者の男は未成年者略取の罪のみに問われ、懲役2年の実刑判決を受けた。一方で強姦被害を受けたであろう加奈恵は、その被害のフラッシュバックに悩まされ続け、1年前に職場の屋根から飛び降り自殺をした。
 警察が性的虐待を立証できていれば、その罪で加害者の男を裁けていれば、きっとそれで加奈恵は救われただろう。しかし警察は、15歳の少女はエッチ目当てで近所のニートの家に入り込み、その男と寝たと認定した。もちろんそれでも未成年者略取罪にはなるが、これによって裁判所も社会も「被害者が愚かだったからそうなった」という論調で話を進めた。
 それが、15歳の少女をどれほど苦しめたのか。
 長川は当時警部補として捜査に携わったが、加奈恵に話を聞いた長川は、加奈恵が必死で何かを伝えようとしていたのを感じた。だが、当時の班長は言った。
「長川、こいつの証言なんて誰も採用しない・・・時間の無駄だ」
よりにもよってそれを加奈恵の前で言ったのだ。加奈恵は長川に物凄く悲しげな目を向けていた。
 その後加奈恵は目立って痩せていき、無表情になり、何も興味を持たなくなった。被害に遭う前は言葉を喋れなくても好奇心でいつも目を輝かせているような女の子だったという。
 しかし、警察の不誠実な対応が、少女の全てを壊した。そして少女は死ぬしかなくなった。
 団地の階段を下りながら、長川は毎回のように同じことを考えていた。この事件を忘れてはいけないと。

 長川はその足で、今度は2年前の加害者の実家へ向かった。加害者の実家は一戸建てだった。
 チャイムを押す。やがて父親の鬼頭伸郎の声で「はい」と誰何が帰ってきた。
「あの、茨城県警の長川です」
「あなたですか」
虚ろな声が帰ってきた。
「息子の空弥はもう罪を償って出てきましたが」
「その空弥君から、話があると呼び出されておりまして」
インターフォンの向こうが少し黙った。やがてドアが開き、母親の鬼頭静子が出てきた。目の下に熊が出ている。

「どうぞ」
母親はリビングに通した長川にお茶を出しながら言った。
「刑事さんにはご迷惑をおかけしました」
父親の鬼頭伸郎が禿げた頭を下げながら謝罪した。
「いや、仕事ですから」
長川は努めて冷静に言った。
「息子の部屋は、前と同じです」
伸郎がそういった時、長川は思わず驚いてしまった。
「あの離れ、まだあるんですか?」
「申し訳ない」
父親は察して長川に頭を下げた。
「いや・・・・」
長川は手をかざして謝ろうとする伸郎を止める。
「息子は、あの中ではないと落ち着かないらしくて」
「今、息子さんはあの離れに?」
長川が聞くと、静子は頷いた。

 母屋の離れ。プレハブのこの空間がまだあったとは・・・。
 長川は重苦しかった。なぜなら佐藤加奈恵はこの部屋に監禁され、陵辱されていたのだから。そしてこの部屋の中で恐怖に震えていた加奈恵を発見したのは、長川本人だったのだ。
「鬼頭・・・来たぞ!」
長川が声を上げると、プレハブの扉が開き、2年前の拉致強姦事件の犯人鬼頭空弥が顔を出した。でっぷりした不潔な男。2年前と全く変わっていない。
「よく来てくれたねぇ・・・」
鬼頭は不敵な笑みで長川の胸あたりを凝視した。
「さぁ、入って入って」
部屋の中は前と違ってものすごくグチャグチャになっていた。前に来た時は加奈恵に掃除をさせていたのだろう。そして・・・・長川は驚愕した。
 部屋一面に貼られ、引き伸ばされていたのは隠撮したに違いない、知り合いの女子高校生探偵島都の写真だった。
 そう、ストーカーの犯人はこいつだったのである。

2

「デュフフフフフフー、かわいいでしょーーーー。島都ちゃんの写真。こんな子が女子高校生探偵としていくつもの事件解決しているなんて・・・凄いよねぇ。でも、そんな子が逆に犯人に捕まったら、どんなことになるんだろうねぇ。こんな可愛い子だから、きっと拉致監禁されて、いっぱいエッチな事をされるんだろうね」
強姦前科者鬼頭空弥はヘラヘラ笑った。
長川は直感した。こいつは反省していない。そして高確率でまた加奈恵みたいな被害者を出すだろう。
 コイツの部屋で写真とは言え都の顔を見るとは・・・長川の声が震えた。
「お前なんのつもりだ・・・これを見せるために私をここに呼んだのか?」
歯ぎしりしながら叫ぶ。だが鬼頭は馬鹿にするように言った。
「違うよ違うよ・・・僕はこの手紙を受け取ったから、これについて長川警部に相談したかったんだよぉ」
「何ぃ」
空弥は長川に一枚の紙切れを渡した。新聞の文字を切り取って作った脅迫文だった。

―お前を地獄の炎で焼ク

 それだけ書かれていた。
「僕すごく怖くってさぁ。夜も眠れないんだよ。僕を守ってくれるのは島都ちゃんしかいないと思ってさぁ・・・・知り合いの長川警部にお願いしたいんだよ。都ちゃんをここに呼んで・・・そして僕のこの部屋に泊まって欲しいんだって伝えて欲しいんだよ」
長川は空弥の胸ぐらを掴んだ。
「お前のような奴のこんな部屋に、私が都をやると思っているのか!!!?」
「でも善良な市民に助けを求められて、それで黙っているなんて、女子高生探偵がしていいと思っているの?」
空弥は舌なめずりをしながら、あきらかに性的快楽に身をゆだねていた。長川は突き飛ばすように空弥から手を離した。
「とにかく、所轄警察に巡回するように伝えておいてやる。だが都はお前に近づけさせない!」
長川はそれだけ言い放つと、離れから出た。憤りを隠せない。やり場がない・・・・。
「お兄ちゃん・・・反省していなかったでしょ」
毳毳しい、あきらかにお水をやっている若い女性と鉢合わせをした。だがその面影は2年前そのままだった。
「麻純ちゃん・・・だね・・・」
長川は言った。
「警部さん・・・なんで高校に行っていないの? って一瞬聞こうとしたでしょう」
平日の昼、高校3年生になっているはずの鬼頭麻純は肩を震わせた。
「高校なんてとっくにいられなくなったわよ。そしてバイト先の上司からは『兄の罪を考えれば社会は君が訴えるなんて許さない』って私を犯した。だから私はそっちの仕事をしているの。JKビジネスしか私を受け入れてくれるところなんてないしね・・・・お兄ちゃんなんて死ねばいいんだ!!!!!!!!!!!!」
麻純はそういうっと母屋の縁側に消えた。長川警部はやりきれない思いで見ていたが、自分の携帯電話番号と「次に誰かにひどいことをされた時には私が相談に乗る」とペン書きしたメモを、縁側のサッシに挟んでおいた。

 長川は次に、加奈恵が働いていた包装関係の町工場を訪れた。
「警部さん、毎月ありがとうございます」
出迎えた花祭淳二は40代の温厚そうな社長で、知的障害を持つ15歳の子供たちを積極的に雇い入れていた。
「あの子は両親思いの一生懸命な子で・・・本当に彼女の笑顔が職場に元気をくれていました」
事務所の応接室で花祭はため息をついた。
「警部さん。鬼頭が出所するということでみんな怯えていますよ。あいつはまたここに来るんじゃないかって。あの子達はわかっているんですよ。自分が障害を持っているって・・・そしてねぇ・・・社会がそれを理由に加害者の刑期を短縮することをしたせいで、あの子達は自分が何をされても仕方がないって思ってしまっている・・・・。あいつが大した罰を受けないで出所するってどういうことだかわかりますか?・・・・・って警部さんに言っても仕方はありませんが」
「いえ、その通りだと思います」
長川は無念この上ない沈痛な面持ちで頭を下げた。
「加奈恵さんが自殺してしまった責任の一端は、警察にもあると思っています」
「いえ・・・私も職親として加奈恵を助けてあげられなかった一人です。あの子は自分が被害を受けてからも、ご両親と私と同僚を気遣っていました。辛い気持ちを見せなかった。あの子の強さに私は教えられた気でいた。でもそれじゃぁダメだったんです」
花祭の声は血を吐くようだった。
「長川警部・・・・一緒に加奈恵の為に花を手向けてくれませんか」
社長の息子の花祭冬弥が花束を持って現れた。スペックの高いその秀才は、加奈恵を本気で愛していた。知的障害を持つ加奈恵と二人三脚で家庭を築いていきたい・・・そう考えていたと聞いている。葬儀の時の号泣ぶりからして、長川はその言葉に嘘はないだろうと思った。
「加奈恵は警部を許しているはずです」
冬弥はは長川をまっすぐ見た。
「一緒に花を手向けてくれますよね」

 長川と冬弥は加奈恵が飛び降りてしまったプレハブ社員寮の2階ベランダに花を手向け、手を合わせた。
「加奈恵は弱かったから自殺したんじゃない・・・強すぎて・・・死んでしまった・・・。僕は彼女に教わった優しさを忘れずに、この工場(居場所)を守っていくつもりです」
冬弥は長川に言った。

 長川が帰ったあと、その人物は一人激しい憎しみをぶつけていた。
「絶対に許さない。許せるわけがない! 加奈恵と家族をめちゃくちゃにしたあの強姦魔を必ず殺してやる!」
その人物は長川の訪問は、復讐殺人計画を指導させる合図だった。犯人は知的障害の少女の笑顔とそれを玩具にして命まで奪った、そしてそれに関しては裁かれることのなかった標的の醜く醜悪な顔を交互に思い出した。目を開けても鬼頭空弥の醜悪な顔が醜く歪んでいる・・・。
―やめて・・・・・。
不意に加奈恵の声が聞こえたような気がした。心優しい加奈恵の幻聴に心が動きそうになる。その人物は加奈恵が復讐殺人なんて事を望んでいないことくらい知っていた。しかしもう引き返すことは出来なかった。警察が全く機能しないこの状況では、加奈恵のような人間をもう二度と出さないためには、この方法しか・・・・。
「加奈恵・・・・許して・・・・」
その人物は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 翌日、結城竜は高校の職員室に呼ばれた。
「絶対昨日のことだよな」
結城はまいったなって感じで職員室の前に来ると、
「呼び出して悪い」
と結城に向かって手を挙げた人物がいた。長川朋美警部だった。

「なんだよ。学校まで来て」
結城は屋上でまた都に厄介な事件を持ち込む気か?と訝しげな表情で言った。
「だったらサイゼリアでパフェ注文して待ってるよ」
長川は言った。
「今日はちょっと結城君に用があってな」
結城は察した。
「ストーカーか?」
「ああ、犯人がわかった。ただ現行法では接近禁止命令と厳重注意しか出来なくてな。犯人もどうも反省していないみたいなのよ」
長川はため息をついた。
「職務上どこのどいつかを教えるわけには行かないんだけど、20代後半、デブ、不潔でタラコ唇。ガマガエルみたいな野郎よ」
「一眼レフで都を撮影していた野郎だな」
結城はため息をついた。
「ああ、そいつが逆ギレして都になにかしてくるかもしれん。勿論警察も巡回警備対象とするが、結城君・・・都を守ってやってくれない?」
「わかったよ。教えてくれてありがとう」
結城は言った。
「それと」
長川はニカッと笑った。
「都にはこのことは知らせないで。あの子眠れなくなっちゃいそうだし」
「確かに、あいつは・・・うん」
結城はため息をついた。
「よろしく頼むよ」
長川は嬉しそうに結城の肩をバーンと叩いた。

 だが、このガマガエル男が都にストーカーすることは二度となかった。何故なら・・・その日の夜・・・・。

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
プレハブの離れで鬼頭空弥の絶叫が響き渡った。殺人者は加奈恵を強姦した強姦魔の体に何度もナイフを差し込んだ。
「ぐふっ、ごおっ」
空弥の悲鳴が漏れる。口からは血液が吹き出し、まるで鹿や猪を屠殺するかのごとく事務的にしめられて行く。殺人者にとって、この男は人間ではないから当然の扱いだ。
 殺人者は死体を俯瞰した。タラコ唇がだらりと垂れ下がる。やがて殺人者は用意していた灯油をまんべんなく死体にかけ、紙に火をつけて着火すると、灯油が染み込んだ死体に向かって投げた。

 離れの小屋は全焼し、駆けつけた消防車によって消火された。そして焼け跡から焼死体が発見された。そして警察のDNAサンプルで照合した結果、鬼頭空弥の死体と証明された。